早河シリーズ最終幕【人形劇】
 美月にも見えるようにリモコンを掲げた彼は、透明なプラスチックの蓋に覆われた赤いボタンを指差した。

「何それ……」
『何だと思う?』

彼は美月をからかって面白がっていた。挑発的な態度にムッとした美月は彼の手元にあるリモコンを凝視する。

「何かのスイッチ?」
『ミステリーが好きな美月ならすぐにわかるものだよ。刑事ドラマを私は見たことはないが、そういうものにもよく出てくるのかな?』
「……ばく……だん……?」
『お見事。これは爆弾の起爆装置。私がこれを押せばある場所に仕掛けた爆弾が爆発する』

 美月は言葉を失った。爆弾の起爆装置なんて非現実的だ。嘘を言ってからかわれているのかもしれないと思った。

でも相手は貴嶋佑聖だ。この男は犯罪組織の帝王、彼の存在によって非現実的なものが現実的なものに変わってしまう。

「どこに仕掛けたのっ?」
『推理してごらん。三浦先生がヒントをくれただろう?』

 貴嶋は隣に控える三浦を手のひらで示す。無表情な三浦は何を考えているのかまったく読めないが、先ほどの三浦とのやりとりにハッとした。

「大学に?」

絞り出した彼女の声は震えている。貴嶋は満足げに頷いた。

『爆発の規模は……そうだなぁ、死傷者は出ないまでも多少の負傷者は出るかもしれない』
「やだ……やめて!」

 無謀にも貴嶋の腕にしがみついた美月の肩を三浦が掴んで後ろに引く。よろめいた美月を三浦が支えた。触れられた部分から伝わる三浦の熱に心がおかしくなりそうだ。

『美月の友人の石川比奈……今は6号館の構内で自主勉強をしているようだ。彼女は将来は航空会社の就職を希望しているんだろう? 勉強熱心な子だね』
「比奈……? ねぇ! 比奈に何かしないで! お願い!」

美月の瞳に涙が滲む。貴嶋はそっと美月の髪に触れた。

『1分だけ時間をあげよう。お友達に連絡しなさい』

 貴嶋の言葉をどこまで信用すればいいかわからない。それでも美月はバッグから出した携帯電話を比奈の番号に繋げた。

 通話が繋がるまでの間、コール音の代わりに比奈がメロディコールにしている男性歌手の歌が流れた。

(早く……比奈! 早く出て!)

携帯を握る手に力がこもる。前には貴嶋、後ろには三浦がいて二人の視線を痛いほど感じた。

{もしもーし}

 メロディコールが途切れて比奈の声が聞こえた。

「比奈っ! 今6号館にいる?」
{うん、そうだよ。どうしたの?}
「すぐにそこから逃げて! 学校に爆弾が仕掛けられているの!」
{……爆弾? ほんと?}

上ずった比奈の声の後ろで大きな破裂音と悲鳴が聞こえた。一時的に電波の調子が悪くなり、比奈の声も聞こえなくなる。

「比奈? どうしたの? 比奈……あっ!」

美月の手元から携帯を取り上げた貴嶋が通話を切った。

『時間切れ。1分過ぎてしまったよ』

 貴嶋はそのまま電源ボタンを長押しして美月の携帯電話の電源をオフにした。彼はショッキングピンク色の携帯についている大きなファーストラップを弄ぶ。
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