早河シリーズ最終幕【人形劇】
 赤坂ロイヤルホテル二十七階、2702号室が佐藤瞬の部屋だ。彼はまだ三浦英司の変装のままベッドに腰掛けていた。

 ロックの音と共に扉が開かれて貴嶋佑聖が部屋に入ってくる。部屋の主の許可がなくても、貴嶋だけはこのホテルの部屋を自由に出入りできた。

『美月は部屋ですか?』
『ああ。たった今部屋に入ったよ』

貴嶋は窓際に寄って半分だけ閉められたカーテンを開けた。カーテンを開けた途端に明かりが部屋に差し込んでくる。
三十五階のレストランから見る絶景には劣るが、高層階の窓からは東京の街が充分に見下ろせた。

『美月は本当に面白い子だね。あの子はどうやら三浦に佐藤瞬を感じているようだ。三浦と佐藤が兄弟ではないかと聞いてきたよ』
『あながち的外れでもありませんね』
『彼女の勘の鋭さには私も驚かされる。美月自身は否定しているがあの子は三浦英司に惹かれているよ。君は変装をしていても美月に恋をされてしまうようだね』
『仮にそうだとしても特にどうなることでもありません』

 佐藤は眼鏡を外した。裸眼で見る視界のピントが合うまで少し時間がかかり、周囲がぼやけて見えた。

『三浦として美月に接触することは今後は控えるべきではないでしょうか? 美月が三浦に佐藤瞬を感じているのなら尚更、俺は美月に近付かない方がいい。いつ佐藤瞬の変装だと見破られてしまうかわかりません』
『佐藤瞬が生きていることを美月に知られてしまうのが怖いか?』

窓際から身体を離した貴嶋は壁に背をつけて腕を組んだ。こちらを試しているような貴嶋の視線を避けて佐藤は目をそらす。

『ただの馬鹿な男の自惚れでしょうが……。俺が生きていることが美月の今後の人生にどのような影響があるのか予測がつきません。佐藤瞬は死んでいると思っている方が美月も楽でしょう』
『君の言い分はわかるよ。しかし君も美月も互いに必要以上に接触しなければ正体が知られる事態も防げる』
『それは……そうですが……』
『このままだと必要以上に接触してしまうかもしれない。キスのひとつでもしてしまえば美月にはすぐに正体がわかってしまうかもね。詰まるところ、君の不安の種はそこだろう?』

貴嶋には何もかも読まれている。見透かされている。
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