早河シリーズ最終幕【人形劇】
『今夜の夕食は美月の部屋でルームサービスをとって一緒に過ごしてあげてくれ。ひとりの食事は誰でも寂しいからね。あの子に寂しい想いはさせたくない』
『俺がいない方が美月にとっては気楽だと思いますが……』
『美月のことに関しては君はどこまでも消極的だねぇ』
『……キング。竹本邦夫がカオスの出資者だったことをどうして俺に隠していたんですか?』

 ベッドの前を横切って部屋を去ろうとする貴嶋の背中に佐藤は疑問を投げ掛けた。
貴嶋は身体の向きを90度変えて顔を佐藤に向ける。その顔には笑みが浮かんでいた。

『君に教える必要がないからだよ。竹本邦夫はあくまでも出資者。カオスの人間ではない』
『貴方の秘密主義には慣れていますが、道理でおかしいと思いました。3年前に竹本晴也の彩乃への強姦とその隠蔽が明るみになって父親の竹本邦夫は議員を辞職した。しかしその後あっさり財団のトップになり悠々自適に暮らしていた。すべてキングが裏で取り計らっていたんですね』

佐藤はケースから煙草を抜き取って咥えた。貴嶋をねめつける彼の眼光は鋭い。

『そう怖い顔をするな。竹本が出資者であったことは過去の話だ。彼にはもう利用価値がなくなってしまった』
『だから殺したんですか?』

 張り詰めた空気が漂う中で煙草の煙が揺れていた。
揺れる煙の向こう側に貴嶋の穏やかな表情が見える。彼は笑いながら人を殺す人間だ。
貴嶋が怒りの形相になることはまずない。

『君もわかっているだろう。私の財産を持ってすれば出資者など必要ない。私が彼らに求めるものは金ではない』
『彼らに財団などの組織を与えてその組織を使って貴方の人形を増やすこと』
『その通り。竹本邦夫は不要になった人形だから捨てただけだ』
『美月も貴方の人形にするおつもりですか?』
『美月は簡単には私のお人形さんにはならないよ。そこがあの子の面白いところだ。私はこれから出掛ける。留守の間の美月のことは頼んだよ』

 何がそんなに面白いのか、貴嶋は笑いながら部屋を出ていく。煙草の煙の向こう側では絶対的な権力者の笑い声が響いていた。

美月を捕らえた貴嶋に佐藤は動揺し、反発していた。
美月には犯罪とは無縁の場所で平穏に生きてほしい。彼女には殺伐とした世界は似合わない。

(美月が三浦に惹かれているか……。参ったな)

 どんなに互いに冷たく突き放してもどうしようもなく惹かれ合ってしまう。愛してしまう。
これが運命の恋と呼ぶのなら、なんとも残酷な運命だ。

残酷な、叶うはずのない両想いを自分達はどれだけ繰り返せばいいのか、佐藤自身にもわからなかった。
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