早河シリーズ最終幕【人形劇】
 暖かな日差しが差し込む啓徳大学病院の最上階のカフェで高山有紗はキャラメルマキアートを美味しそうに飲んでいた。有紗の向かい側に香道なぎさがいる。

出張から戻ってくる父親の到着を待つ間、処置室で寝ているのも退屈だからと有紗はなぎさとこのカフェで過ごしていた。

「それでね、その店の店員がすっっごい無愛想なのっ! 見た目はまぁまぁ格好いいのに注文の時も愛想なくて。ああー、はい、って感じ。だけど私以外のお客さんには愛想がいいの。意味わかんない」

 有紗は行き付けのカフェの男性店員の愚痴を話している。

「でも悔しいけどそいつが作るキャラメルマキアートが美味しくってね、あ、違うか。あの店のキャラメルマキアートが美味しいだけだ。別にあいつの腕じゃないっ!」

勢いよく首を左右に振って有紗はキャラメルマキアートのカップを両手で持ち上げた。
愚痴の聞き役に徹するなぎさには、その男性店員からはある感情が予測できた。けれどこれは有紗には言わない方がいいだろう。

「私の周りはイケメン多いなー。早河さんもそうでしょー、あのカフェの店員は知り合いじゃないけど。あと神明先生も早河さんとは違うかっこよさがあるんだよねぇ」
「神明先生?」
「お父さんのカウンセリングチームにいる男の先生。カウンセリングで何度か会ったことがあるよ。穏やかな紳士ってイメージのイケメン。そうそう、加藤先生といい感じなの」

 ミルクティーを飲んでいたなぎさは神明の名前を記憶から引き揚げた。そういえば先月に麻衣子とオムライス専門店に食事に行った時、帰り際にその男と遭遇した。

「神明先生なら私も会ったことあるかも。麻衣子とご飯食べた時にその先生も同じお店に来ていてね」
「ええー! そうなの? ね、イケメンだったでしょう?」
「うん、優しそうな人だった。だけど麻衣子はちょっと苦手って言ってたかな」
「神明先生、日本男子には珍しい超ジェントルマンだと思うのになぁ。勿体ない」
「誰にでも苦手なタイプはあるからね」

高校生の有紗は神明の外見や表向きな人柄だけで憧れを抱いてしまうのかもしれない。先月に神明と遭遇した時の麻衣子の言葉が印象的だった。


 ──“誰かにとってはイイ人でも自分にとっては悪い人の場合もあるでしょ?”──


「あ、加藤先生ー!」

 カフェに入ってきた麻衣子を見つけて有紗が手を振る。白衣姿の麻衣子は有紗に手を振り返していた。

「今ちょうど先生のお話してたんだよ」
「私の? どんな話?」
「加藤先生と神明先生の話! いい感じなのになぁって」

無邪気な有紗の笑顔に安堵する反面、麻衣子の表情の曇りに気付いたのはなぎさだけだった。麻衣子は椅子には座らず、テーブルの横に立った。

「神明先生ならさっき病院に来ていたよ」
「ええっ? ウッソォ! 会いたかったぁ。先生もう帰っちゃった?」
「うん。書類を取りに来ただけみたい。有紗ちゃん、気分はどう?」
「だいぶいいよー。元気げんきっ!」

 ピースサインを作って明るく笑っていても抉《えぐ》られた心の傷は深い。

精神的支えの早河と鎮静作用の点滴のおかげで一時的に症状は落ち着いていた。だが点滴が終わり、病院から早河がいなくなった後に表れた神経の高ぶりとわざと明るく振る舞う今の有紗には、過覚醒と回避の兆候が見られる。
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