早河シリーズ最終幕【人形劇】
 人はなぜ嘘をつく? 嘘の上に嘘を重ねて嘘で塗り固められた偽りの仮面。
それでもどんなに嘘をついて欺いても自分の心だけは嘘をつけない。自分だけは騙せない。

 ルームサービスの夕食を食べた後、ベッドルームのドレッサーの椅子に腰掛けて美月は鏡に映る自分を見つめた。

携帯電話だけが入っていないバッグからメイクポーチを出し、お気に入りのピンク色のリキッドルージュを唇に塗る。
下がってきた睫毛をビューラーでカールさせて、アイメイクも少し直した。

(三浦先生と出掛けるだけなのにどうしてメイク直してウキウキしてるのよっ。バカ美月!)

 これはただの外出前の準備。メイク直しも身だしなみのひとつであり、三浦のためではないと自分に言い訳する。

こんなことなら今日は髪の毛を巻いてくればよかったと後悔してセミロングのストレートヘアーに丁寧にブラシを入れた。
“こんなことなら”とは何?

(今は余計なことは考えない。せっかくキングに内緒で外に出してもらえるんだから)

 アイボリーのボアコートを羽織り、スエード素材のキャメルのロングブーツを履いてもう一度鏡を見た。

今の気分はデートに出掛ける前の気分と似ている。デートの相手に可愛いと思われたい、可愛く見られたい、早く会いたい、ドキドキとソワソワが入り交じって落ち着かない。

 貴嶋に軟禁されている状況下でこっそり外に出してもらえることが嬉しくて、デートの前のような高揚とした気持ちになっているのだ。そう思うことで今はこの気持ちを誤魔化した。

(三浦先生と出掛けるからって、デートじゃないもん)

 気になることは山ほどある。会社が爆破被害にあった恋人の隼人のこと、比奈や大学の友達のこと、娘の行方がわからず心配しているであろう両親の心境、これからの自分の行く末、貴嶋の企み──。

こんな所でお洒落をして出掛けている場合ではないことは百も承知だ。だけど……今の自分はどうしようもなく高揚している。

 リビングではコートを羽織った三浦英司がソファーに座っていた。

「……お待たせしました」
『行くか』

三浦は美月に一瞬目をやっただけでさっさと扉の方に足を向ける。お洒落をした美月に彼がかける言葉は何もない。

(何か一言くらいあってもいいじゃない。三浦先生に可愛いと思ってもらいたいわけじゃないけど……)

仮に三浦に可愛いなんて褒められても、どう反応すればいいかわからないのが正直な気持ちだ。
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