早河シリーズ最終幕【人形劇】
 彼は美月の心中のモヤモヤなど知りもせずに自然な動作で扉を開けた。それを見た美月が目を丸くする。

「今の……中から開けられないのにどうやって開けたんですか? さっきもルームサービス来た時に先生が開けていましたよね」
『俺には開けられるんだ』
「なんですかその、俺は特別なんだ、みたいな言い方。先生は魔法使いですか?」

仏頂面で冗談めいたことを言う三浦に苦笑いしてしまう。こんな些細なことで笑ってしまう自分はどこかおかしくなってしまったのかもしれない。

『ご機嫌だな。夕食前は膨れっ面していたのに』
「いつまでも不機嫌でいても仕方ないですし」
『調子に乗って逃げるなよ』
「逃げませんよ。……多分」

多分と言った時に今度は三浦が笑っていた。三浦との駆け引きを楽しめていることが不思議だった。

 エレベーターで一気に地下駐車場まで降りる。
駐車場に駐まる車の助手席の扉を三浦が開けた。行きに乗せられた外車とは違う白色の車だった。美月が助手席に乗り、運転席に三浦が乗る。

車はスロープを登ってあっという間に地下から夜景に包まれた地上に這い出た。

「キングにバレたらどうなっちゃうのかな」
『今さら不安がってるのか?』
「だってバレたら先生が怒られるでしょ?」

 右側でハンドルを握る三浦の横顔が通り過ぎる街のライトに照らされる。佐藤瞬に似ていない横顔に無意識に佐藤瞬の面影を重ねていた。

佐藤とドライブに出掛けたことはない。そうやって、普通の恋人たちのデートをする前に彼は消えてしまった。

『君が逃げなければ問題はない。この事が知られたとしてもキングは何も言わない』
「キングのことよくわかっているんですね。三浦先生はどうしてカオスに……」
『必ずやり遂げたいことがあった。だからカオスに入った』
「やり遂げたいことって殺人……ですか?」

 交差点で信号待ちになり、目の前の道をパトカーが横断する。今すぐ車を降りて助けを求めればいい、それだけのことを何故しない?

『人を殺したことはある』

 静かで重たい響きに胸が苦しくなった。三浦はあの人と同じ。あの人……佐藤瞬も人を殺した犯罪者だ。

『カオスにいて犯罪を犯していない人間はいない。殺人以外でも大抵は何らかの罪を犯している。それがカオスだ』
「前に私がカオスが何をしようとしているのか先生に伺った時、三浦先生は天地創造と答えました。あれは先生がカオスの人間だからこその答えですよね? キングがやろうとしている事……天地創造って何なんですか?」

 三浦は何も答えない。無言の車がイルミネーションに彩られた道を流れていく。
暗闇の道路に赤、青、黄色、三色のライトが点滅して交差する。まるでクリスマスツリーのライトのようだった。



第三章 END
→第四章 Marionette に続く
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