早河シリーズ最終幕【人形劇】
 幼なじみとしての20年の付き合いの歴史には多少の喧嘩や関係の亀裂はこれまでに何度もあった。だが今日ほど隼人と渡辺の間に尖った空気が流れたことはなかったと麻衣子は思う。

渡辺も隼人を心配するが故なのだ。

 隼人が小さく溜息をつき、背もたれ代わりにしていたソファーの座面に片肘を乗せた。

『亮。もしもお前の知っている奴がカオスの人間だったら、お前はどうする?』
『いきなり何だよ』

隼人の質問の意図がわからない渡辺は狼狽する。

『考えてみると俺達の周りはカオスの人間で溢れてるな。最初が佐藤、次に青木。里奈は青木に抱き込まれただけだけど。麻衣子の職場に潜り込んでいたキング、あとは……クイーンの寺沢莉央』

 莉央の名前が出て麻衣子の顔が強張った。隼人は麻衣子を見つめてから渡辺に視線を戻す。渡辺は眉間にシワを寄せて唸った。

『お前や麻衣子の周りには、な。俺にしてみれば佐藤と青木以外はカオスの人間と言われてもピンと来ないね。青木だって俺は大学の後輩だったあいつしか知らない』
『そうだな。青木に関しては俺も同じだ』
『で? なんで急にそんなこと言い出す? 知らないうちに犯罪者集団に囲まれていたことネタにして自叙伝でも書くつもり?』
『それもいいかもな』
『アホ。思ってもないこと言ってはぐらかすなよ。まじにどうしたんだ?』

 ポーカーフェイスは健在でも普段と具合の違う隼人の態度には、付き合いの長い渡辺も麻衣子も戸惑いを隠せない。そんな二人の内心を察していても隼人は知らぬ存ぜぬを決め込んでいた。

 隼人からは結局何も聞き出せず、渡辺と麻衣子は隼人の家を辞することにした。何があったのか尋ねてもここまで頑なに語らない理由があるのだろう。

玄関で靴を履く幼なじみ二人を隼人が見送る。麻衣子はパンプスを履いて振り向いた。

「会社は明日はどうなるの?」
『警察が明日も爆破した現場を調べに来るらしい。今週は自宅待機になった。来週からはたぶん仕事だろうけど』
「そっか。明鏡大学の方も今週は休校だって比奈ちゃんがメールで教えてくれた」
『みんな仕事や学校どころじゃないよな』

相槌を打つ渡辺が扉を開けると冷たい空気が一気に流れ込んできた。

『麻衣子も気を付けろよ。お前もキングと接触してる。いつ狙われるかわからない』
「うん。隼人もね」

 別れの挨拶を交わして二人は通路に出る。背中越しに玄関の扉が閉まる音が聞こえた。
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