早河シリーズ最終幕【人形劇】
犬の散歩中の婦人は曲がり角を曲がって見えなくなり、朝の7時前の街にまだ人の気配はない。しばらくすればゴミ出しの主婦や出勤するサラリーマンと行き交ってしまう。
おまけに近くには小学校がある。あと数十分もすれば子ども達の登校の時間だ。不測の事態が起きた時に子どもや一般人を巻き込みたくない。
迷っている暇はなかった。矢野は石畳を駆け抜けて玄関ポーチの下に入った。
(おっと。素手はまずい。……あいつも手袋してたっけ)
ハンカチでドアノブを掴んで回す。抵抗もなく扉は開いた。さっきの男もピッキングをしていた様子はなく、鍵は最初から開いていたと思われる。
(薄々わかっちゃいるけどこれって罠だよな。あれは俺をおびき寄せていた)
わざわざ矢野に顔を見せたのがその証拠だ。罠とわかっていても、矢野は踵を返さない。
『真紀、ごめん。先に行くよ』
ここにはいない真紀に一言謝ってから矢野は扉の内側に身体を滑り込ませた。靴は脱がずに玄関を上がる。
家の中は物音ひとつ聞こえず、暖房もつけられていない室内は冷えきっている。矢野は息を殺してフローリングの廊下を進み、左手に開け放たれた扉に視線を向けた。
中を覗くとそこはリビングらしく、大きなソファーとテレビ、奥にはダイニングとシステムキッチンが見える。早朝の住宅に人の気配がまるでなかった。
(君塚夫妻とあいつは二階か)
矢野は二階に繋がる階段に目をやる。注意深く左右を見回してから彼は階段の段差を一段ずつ踏んだ。
階段を上がりながら携帯電話の着信履歴から番号を選び、相手と繋がったところで通話状態にしてコートのポケットに忍ばせた。
こちらは丸腰で武器はない。真紀の到着を待つ方が得策なことはわかっている。
(わかっちゃいるんだけどねぇー。止められないのさ、ははんっ♪)
階段の最後の一段を上がり、二階の廊下部分に出た。ここまで来ても物音は聞こえない。当たって欲しくない予感が脳裏をよぎった。
冷えた空気の漂う廊下に扉が並ぶ。奥の扉がわずかに開いていた。矢野はまたドアノブをハンカチで包み、扉を開けて中に入る。
君塚夫妻の寝室と思われる部屋で白髪の老人と老婦人が倒れていた。君塚忠明とその妻だ。
君塚は床に仰向けで倒れ、妻はベッドに伏している。二人共寝間着のままだ。
予想通りの展開に矢野は驚きも狼狽もせず、ただ先を越されて君塚を始末されたことへのやりきれない思いが込み上げて悔しかった。
おまけに近くには小学校がある。あと数十分もすれば子ども達の登校の時間だ。不測の事態が起きた時に子どもや一般人を巻き込みたくない。
迷っている暇はなかった。矢野は石畳を駆け抜けて玄関ポーチの下に入った。
(おっと。素手はまずい。……あいつも手袋してたっけ)
ハンカチでドアノブを掴んで回す。抵抗もなく扉は開いた。さっきの男もピッキングをしていた様子はなく、鍵は最初から開いていたと思われる。
(薄々わかっちゃいるけどこれって罠だよな。あれは俺をおびき寄せていた)
わざわざ矢野に顔を見せたのがその証拠だ。罠とわかっていても、矢野は踵を返さない。
『真紀、ごめん。先に行くよ』
ここにはいない真紀に一言謝ってから矢野は扉の内側に身体を滑り込ませた。靴は脱がずに玄関を上がる。
家の中は物音ひとつ聞こえず、暖房もつけられていない室内は冷えきっている。矢野は息を殺してフローリングの廊下を進み、左手に開け放たれた扉に視線を向けた。
中を覗くとそこはリビングらしく、大きなソファーとテレビ、奥にはダイニングとシステムキッチンが見える。早朝の住宅に人の気配がまるでなかった。
(君塚夫妻とあいつは二階か)
矢野は二階に繋がる階段に目をやる。注意深く左右を見回してから彼は階段の段差を一段ずつ踏んだ。
階段を上がりながら携帯電話の着信履歴から番号を選び、相手と繋がったところで通話状態にしてコートのポケットに忍ばせた。
こちらは丸腰で武器はない。真紀の到着を待つ方が得策なことはわかっている。
(わかっちゃいるんだけどねぇー。止められないのさ、ははんっ♪)
階段の最後の一段を上がり、二階の廊下部分に出た。ここまで来ても物音は聞こえない。当たって欲しくない予感が脳裏をよぎった。
冷えた空気の漂う廊下に扉が並ぶ。奥の扉がわずかに開いていた。矢野はまたドアノブをハンカチで包み、扉を開けて中に入る。
君塚夫妻の寝室と思われる部屋で白髪の老人と老婦人が倒れていた。君塚忠明とその妻だ。
君塚は床に仰向けで倒れ、妻はベッドに伏している。二人共寝間着のままだ。
予想通りの展開に矢野は驚きも狼狽もせず、ただ先を越されて君塚を始末されたことへのやりきれない思いが込み上げて悔しかった。