早河シリーズ最終幕【人形劇】
 早河の自宅のリビングで香道なぎさはテーブルに並べた四つのUSBメモリをひとつずつ手に取る。

 武田財務大臣から渡された白色のUSBメモリ。これが第一のメモリだ。
第二のメモリは阿部警視から渡された黒色のUSB。第三のメモリはなぎさの父、香道正宗から渡された青色のUSB。
そして最後のUSB、赤色のUSBメモリを握り締めた。

この四つのUSBはパンドラの箱。開けた時に飛び出すものは災いか、それとも希望か。

「最後に残るものは何だろう……」

 ソファーに頭を預けて彼女は天井を見上げる。天井のライトにかざした赤色のUSBメモリに込められた想い、パンドラの箱。

 パンドラの箱に最後に残された希望については諸説ある。

 最後に希望が残ったことで人間は絶望しなかった希望説、ゼウスによって偽りの希望が入れられた期待予兆説などがある。
一般的には希望が出て行かなかったことで希望が人間の手元に残ったと解釈されている。

ではこのパンドラの箱は?

四つ残ったUSBのパンドラの箱。この中にあるものをなぎさは知っている。中身を解放することで何が起きるかも予想がつく。
それは希望? それは絶望?

 テーブルの上で携帯電話が鳴っている。急いで携帯に手を伸ばした。

{矢野は一命をとりとめた。まだ意識が戻ってないから絶対安静だけどな}

早河の報告に涙が滲んだ。ティッシュで目元を押さえて彼女は大きく息を吐いた。

「良かった……」
{ああ。本当に……良かった}

電話の向こうの早河の声にも涙が含まれていた。しばらく互いに涙の音と息遣いだけを聞いて、再び早河の声がした。

{あいつ、意識失う寸前に小山にプロポーズしたらしい}
「矢野さんらしいね」
{だな。だから矢野は絶対生きるよ。あいつが小山を残して死ぬわけない}

 パンドラの箱にはこの世のありとあらゆる災いが詰まっている。それでも箱の底から最後に姿を現したものは希望だった。

どんなに絶望の淵にいたとしても最後に希望が残っている。だから大丈夫。
最後に残るのは絶望ではなく希望だと、なぎさは信じていた。
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