早河シリーズ最終幕【人形劇】
 毛足の長い絨毯が敷かれた部屋を歩く。
確かに、ここに居ればお金持ちのお嬢様やお姫様の気分を味わえる。誰だって一度は夢見る贅沢な生活が送れる。

だけどこの広い部屋でひとりきりで過ごす時間は寂しい。携帯電話もなく、話し相手もいない。

(いつまでここに居ればいいの?)

 ソファーに座ってクッションを抱え込む。彼女はクッションの上に顔を伏せた。

 どんなに高級で綺麗な服を着て、高層ホテルのスイートルームで過ごしていても、ひとりでは意味がない。
大切な人達と笑い合うことができなければ、綺麗な服もスイートルームも美月には何ら価値はなかった。

 カードキーが差し込まれた時の甲高い音が聞こえた。三浦は昼にまた来ると言っていたからおそらく彼だろう。
美月はソファーに座ったまま顔だけを扉に向ける。予想通り三浦英司が部屋に入ってきた。

『すぐに出る用意をしなさい。上のレストランに行く』

昼食はルームサービスではなくレストランのランチのようだ。美月は渋々スリッパからブーツに履き替え、三浦に促されて部屋を出た。

 上昇するエレベーターが三十五階で扉を開ける。ここに到着した昨日の昼に貴嶋と食事をしたレストランが目の前に見えた。

昨日は三浦はエレベーターを降りず、美月と貴嶋の二人がレストランに入ったが今日は三浦も一緒にエレベーターを降りた。

 昨日と同じウェイターに恭しく頭を下げられて出迎えを受ける。
店内のざわつきも昨日と同じ。都内で不可解な事件が多発しているのを知ってか知らずか、レストランにはセレブな貴婦人の集団が優雅なランチタイムを過ごしていた。

 ウェイターの誘導で昨日と同じ個室に案内される。途中でセレブな貴婦人の何人かが美月の顔をちらちら見ていた。

こんな平日昼間の高級ホテルに子どもが紛れ込んでいると思われただろうか。美月は婦人達に軽く目礼して個室に入った。

『やぁ、美月。待っていたよ』

 個室の四角いテーブルにはすでに貴嶋佑聖が着席している。貴嶋の出現に美月は顔を強張らせた。

「ランチはキングと一緒なのね」
『空き時間ができたから美月の顔が見たくなったんだよ』

昨日とは違い、三人分の席が用意されている。上座に貴嶋が、彼の向かいに美月と三浦が並んで座った。
< 84 / 167 >

この作品をシェア

pagetop