早河シリーズ最終幕【人形劇】
 全面ガラス張りの窓の外は雲に覆われて白っぽく霞んでいる。朝は綺麗な青空だった空は、白と灰色の混ざる寒々しい曇り空に変わっていた。

『ここに来て24時間が経ったね。不便はないかい?』
「部屋の鍵が開けられないことがとても不便です。外からしか開けられないって何?私を閉じ込めて楽しい?」

 むすっとした顔で美月はグレープフルーツジュースを一気に半分まで飲んだ。貴嶋の余裕に満ちた憎たらしい顔を見ていると我慢していた怒りが込み上げてくる。

美月の怒りの形相を見ても貴嶋は笑うだけ。彼は珍しいものを観察するように美月を見据えた。

『それでも昨夜は三浦先生とデートができて楽しかっただろう?』
「……バレてたんだ」
『バレていないと思った? でも美月が楽しめたのならそれでよしとしよう。次は私ともデートをして欲しいな』

 思いの外、昨夜の三浦と出掛けた一件を貴嶋は咎めなかった。
隣の三浦を見ると平然と前菜のサラダを口にしている。少しは慌てたり狼狽えたりすれば人間味もあるのに、相変わらず三浦は感情を表に出さなかった。

「あの、食事中にする話ではないけど、ちょっと気になること聞いていい?」
『なんでもどうぞ』
「どうして私の胸のサイズを知ってるの?」

 その質問をした時の美月の顔は真っ赤だった。貴嶋が吹き出し、ほとんど表情の動かなかった三浦もスープを飲むのを止めて珍しく咳き込んでいる。

『ははっ。下着のサイズは間違いなかったようで安心したよ。サイズが間違っていると大変なんだろう? 胸は大切にしないとね』
「だからっ! なんで知ってたのよ!」
『それは私じゃなくて三浦先生に聞きなさい。私は美月の衣類を揃えるよう彼に指示を出しただけだよ』

美月は横目で三浦をねめつけた。三浦は溜息をついてグラスの水を口に含み、言いにくそうに呟く。

『目測だ』
「……もくそく? 見てサイズ測ったってこと? もしかして下着は先生が買ってきたの? あのヒラヒラ透け透けのパンツのデザインもまさか先生の好みなんじゃ……」
『勘違いするな。下着はカオスの女性部下に買いに行かせた。俺の趣味ではない』

 美月と三浦の一連のやりとりを貴嶋が面白そうに見物していた。
三浦に扮する佐藤にとっては、とんだとばっちりだ。好きな女の胸のサイズに関心がないわけではないが常にそんなことを考えてもいない。

美月の胸の大きさの大方の目測ができたのも、3年前の彼女が17歳の時のサイズ感から予想しただけのこと。しかしそれを美月に言うこともできない。彼の背筋には冷や汗が滲んでいた。

 貴嶋は肩を震わせてまだ笑っている。

『ヒラヒラ透け透けか。残念ながら私もセクシー過ぎる下着は好みではないなぁ。美月に似合うのならなんでもいいけどね』
「キングも笑顔でセクハラ発言しないでよ! キングも三浦先生も結局男って言うか……」
『そうだよ。私達も女性を前にすれば結局は男だ。いつも犯罪のことだけを考えているものでもない。君の胸のサイズにだって興味はあるし、性欲も人並みにある。安心した?』
「安心したような、余計に警戒したくなるような……」

 ウェイターがメインの皿を運んでくる。今度の皿は和牛ロースのステーキだった。三人はステーキにナイフとフォークを入れる。
< 85 / 167 >

この作品をシェア

pagetop