早河シリーズ短編集【masquerade】
※早河シリーズ序章【白昼夢】 をベースとした佐藤視点の回想になります。

R15程度の性描写あり


        *

 ──3年前……2006年8月7日

 夏にしては肌寒い夜。昼間に降っていた雨はいつの間にか止み、空には白くて丸い月が輝いていた。

 身に纏うものすべてを捨て去った佐藤と美月は本能に従い相手を求める。初めての行為に強張る美月の身体は佐藤の愛撫によって解きほぐされ、次第に訪れる快楽の波が美月を包む。

『脚、もっと開ける?』
「あっ、待って……! だって、全部見えちゃう……」
『見せて、全部……』

 恥ずかしがる美月の要望で部屋のあかりはベッドサイドの間接照明のみ。それでも見えてしまう剥き出しの身体を隠しても、佐藤に与えられる甘美な刺激が美月の理性を破壊した。

クチュ、クチュ……と漏れ聞こえる官能の雨音はだんだん大きく、だんだん艶やかに、佐藤の指と唇を蜜の沼に引き摺り込む。

 まだ誰も踏み入れていないそこの、最後の一線を越える手前で佐藤は動きを止めた。

見下ろす先にはこれまで与えられた快楽の波に呑まれた美月の姿。彼の下半身でそそり立つ巨大なそれを見つめる美月の肩が少し、震えていた。

『怖い?』
「怖いけど……佐藤さんだから……怖くないよ」

美月の瞳が不安げに揺れた。本当は怖いのだろう。それでも佐藤を受け入れようと必死な美月がいじらしい。

 美月の蜜壺に佐藤が沈む。ゆっくり、ゆっくり、入り込んだ彼女の中は熱かった。
越えていく最後の一線。そこから先はもう戻れない。

このペンションを訪れた時にはまさかこんな事態になるなんて、思ってもみなかった。
当然、コンドームの用意はない。
本当に自分は最低な大人だ。それでも、この衝動を止められなかった。

 「痛い……」と小さく呟く美月の汗が浮かぶ額に口付けを落とす。大丈夫、落ち着いて、彼女にそう声をかけたが、落ち着かなければならないのは自分の方だった。

 正直、余裕なんてなかった。愛する女とひとつになる瞬間に沸き上がる欲望は破壊衝動に似ている。

このまま美月を壊してしまうかもしれないと本気で怖くなった。怖がっているのは自分も同じ。

 今の美月は少女と女の狭間にいる。強く抱き締めれば折れてしまいそうな華奢な肢体は、男の欲望を受け止めるにはまだ成熟しきっていない。

抑えきれない欲望と理性との間の葛藤、快楽、陶酔、罪悪感。
美月の肌の質感に狂わされて消失する理性。
理性を失った男はただの獣だ。
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