早河シリーズ短編集【masquerade】
ビルは十二階建て、男が押した階数ボタンも最上階の十二階だった。十、十一と過ぎて十二階のボタンにランプが点滅する。
再び口を開くエレベーターから先に男が降り、佐藤が続く。埃っぽいフロアには弱々しい光の電灯がひとつ灯るだけ。
一瞬の出来事だった。振り向いた男が佐藤に銃口を向けたのと同時に、佐藤も男に拳銃を突き付けた。
両者は拳銃の銃口を向け合い、互いに一歩も動かない。
『“お前がリ・スンヨウだろ?”』
佐藤にその名を呼ばれた男は口元を上げて黄ばんだ歯を見せた。
『“さすがラストクロウ。そうだ、俺がリ・スンヨウ。日本ではこういう場合はなんと言うのだったかな?” ……ハジメ、マシテェー?』
最後は片言の日本語を口にしてリ・スンヨウは銃を下ろす。佐藤も銃を下ろした。
彼は佐藤のカオスでの異名を口にした。こちらの正体はとうに知られていた。
『“俺のことを知ってるのか?”』
『“あんたは自分が思ってる以上にこっちでも有名だ。俺達がいる世界でカオスのラストクロウを知らない者はいない”』
『“俺の正体を知っているのなら話の内容も予想がつくよな?”』
『“タカセの件か”』
わざとゆったり見せてはいてもリ・スンヨウの動きには隙がない。これが中国最大闇組織チンハイのNo.2だ。
『“高瀬組と手を切れ”』
『“そう言われてもなぁ。タカセはうちの大事なクライアントだ。素直には従えない”』
『“お前達のために言っているんだ。高瀬組は直に潰れる”』
『“潰れる?”』
リ・スンヨウの表情が初めて曇った。彼は佐藤の真意を探る目付きでじっと佐藤から目を離さない。
人の通らないカビ臭いフロアで向き合う二人の男の間を、素早い動きの小さな生き物が通過した。このビルに住み着くネズミのようだった。
『“カオスのキングに歯向かえば命はないと言うことだ。キングが本気になれば、ヤクザの組ひとつ潰すのも容易い。これ以上言わなくともあんたなら話はわかるだろう? このままだとチンハイも巻き添えを食らう”』
佐藤は銃を懐に戻した。話し合いで解決できるならそれに越したことはない。
『“お前のとこの組織ならいくら出せる?”』
『“高瀬組の倍以上は約束できる”』
しばらく黙考していたリ・スンヨウが豪快に笑い出した。彼の笑い声が薄暗いフロアに不気味に響いている。
『“いいだろう。タカセとは手を切る。カオスとつるんだ方が面白そうだ。部屋で話を進めようじゃないか”』
どうやら佐藤の申し出に納得してくれたらしい。まず第一段階はクリア。
貴嶋からはリ・スンヨウは殺すなと指令が出ている。高瀬組と手を切らせ、チンハイをカオス側に率いれることが貴嶋の目的だった。
これから具体的な取引金額の商談が待っている。まだまだ駆け引きは終わらない。
商談を終えて宿泊先のホテルに着いたのは明け方5時近くだった。ホテルのベッドで4時間ほど睡眠をとり、佐藤は当初の予定よりも早く南京に戻った。
再び口を開くエレベーターから先に男が降り、佐藤が続く。埃っぽいフロアには弱々しい光の電灯がひとつ灯るだけ。
一瞬の出来事だった。振り向いた男が佐藤に銃口を向けたのと同時に、佐藤も男に拳銃を突き付けた。
両者は拳銃の銃口を向け合い、互いに一歩も動かない。
『“お前がリ・スンヨウだろ?”』
佐藤にその名を呼ばれた男は口元を上げて黄ばんだ歯を見せた。
『“さすがラストクロウ。そうだ、俺がリ・スンヨウ。日本ではこういう場合はなんと言うのだったかな?” ……ハジメ、マシテェー?』
最後は片言の日本語を口にしてリ・スンヨウは銃を下ろす。佐藤も銃を下ろした。
彼は佐藤のカオスでの異名を口にした。こちらの正体はとうに知られていた。
『“俺のことを知ってるのか?”』
『“あんたは自分が思ってる以上にこっちでも有名だ。俺達がいる世界でカオスのラストクロウを知らない者はいない”』
『“俺の正体を知っているのなら話の内容も予想がつくよな?”』
『“タカセの件か”』
わざとゆったり見せてはいてもリ・スンヨウの動きには隙がない。これが中国最大闇組織チンハイのNo.2だ。
『“高瀬組と手を切れ”』
『“そう言われてもなぁ。タカセはうちの大事なクライアントだ。素直には従えない”』
『“お前達のために言っているんだ。高瀬組は直に潰れる”』
『“潰れる?”』
リ・スンヨウの表情が初めて曇った。彼は佐藤の真意を探る目付きでじっと佐藤から目を離さない。
人の通らないカビ臭いフロアで向き合う二人の男の間を、素早い動きの小さな生き物が通過した。このビルに住み着くネズミのようだった。
『“カオスのキングに歯向かえば命はないと言うことだ。キングが本気になれば、ヤクザの組ひとつ潰すのも容易い。これ以上言わなくともあんたなら話はわかるだろう? このままだとチンハイも巻き添えを食らう”』
佐藤は銃を懐に戻した。話し合いで解決できるならそれに越したことはない。
『“お前のとこの組織ならいくら出せる?”』
『“高瀬組の倍以上は約束できる”』
しばらく黙考していたリ・スンヨウが豪快に笑い出した。彼の笑い声が薄暗いフロアに不気味に響いている。
『“いいだろう。タカセとは手を切る。カオスとつるんだ方が面白そうだ。部屋で話を進めようじゃないか”』
どうやら佐藤の申し出に納得してくれたらしい。まず第一段階はクリア。
貴嶋からはリ・スンヨウは殺すなと指令が出ている。高瀬組と手を切らせ、チンハイをカオス側に率いれることが貴嶋の目的だった。
これから具体的な取引金額の商談が待っている。まだまだ駆け引きは終わらない。
商談を終えて宿泊先のホテルに着いたのは明け方5時近くだった。ホテルのベッドで4時間ほど睡眠をとり、佐藤は当初の予定よりも早く南京に戻った。