早河シリーズ短編集【masquerade】
『キングが聖子さんを殺したことが引っ掛かっているんですね?』
「あなたはいつも私の心の奥底を読んでくれるのね」

 貴嶋佑聖がロサンゼルスから帰国した母親の聖子を殺害したのは先週の事だ。聖子の遺体は佐藤を含むカオス幹部によって密葬された。

犯罪組織カオスの初代キング、辰巳佑吾《たつみ ゆうご》が愛した貴嶋聖子はこの世を去った。

 聖子の遺体が葬られる瞬間に莉央は涙を流さなかった。だが、彼女が心の中で嘆き悲しんでいたことを佐藤は知っている。
子どもの頃に母親を亡くした莉央にとっては聖子は母親同然の存在だった。

「もしもこの先、私がキングを裏切ることがあれば私を止める? それとも協力してくれる?」

 莉央はとても頭のいい人だ。何の考えもなく冗談でこんなことを言う人間ではない。

 ひまわり畑の経路で立ち止まる二人を小さな男の子が追い越した。走る男の子の後を追って、お腹の大きな女性と父親の見本のような男性が連れ立って歩いてくる。

手に入れられたはずの幸せも夢もどこかに置いてきてしまった。あんな風に、夏休みの家族サービスをする父親に自分はなれていただろうか?

『止めて欲しいですか?』
「止めてって言えば止めてくれる?」
『クイーンがそれを望むなら』
「協力してって言えば協力してくれる?」

 サングラスに覆われた視界ではひまわりの輝く黄色も夏の青空もその色を失う。頭上を照り付ける日差しだけが、今が夏であると思い起こさせる。

美月を最後に抱き締めた3年前のあの時もじっとりとした暑い日だった。
夏は彩乃を失い、美月と出会った季節。嫌いなのに、好きな季節だ。

『俺の協力が必要なんですね』
「私だけでは無理なのよ。協力を頼むにしてもスコーピオンはキングへの忠誠心が強すぎる。ケルベロスとファントムは打算的だから、状況によってはキングに従うでしょう。スパイダーは常に本心を隠していて協力関係を結ぶには危うい。でもあなたは他の幹部とは違う。あなたはキングのためではなく、あの子の……浅丘美月のためだけに生きている」

 我らが女王陛下は困ったことに頭が良すぎる。彼女は幹部の特性を正確に把握し、それぞれの幹部の扱い方を会得していた。

『あなたには参りますよ。美月の名前を出せば俺が何でも請け負うと思ってる』
「違うの?」

 無邪気に微笑まれてしまえば何も言えない。彼は苦笑いして、莉央と一緒にひまわりで溢れる道の先を進んだ。
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