早河シリーズ短編集【masquerade】
 数秒間、美月と佐藤は見つめ合った。
小さく息を吸った美月の表情は驚いているようでもあり、悲しんでいるようでもあり、見開いた目の奥が潤んでいた。

 それは残像 それは錯覚


 ──“どんな理由があっても人を殺すのはいけないことだから。あなたは生きるの。あなたが殺してしまった人の分まで、彩乃さんの分まで”──


懐かしくて愛しい彼女の声が心の奥で響く。

 それは幻聴 それは幻想

 涙を流す美月の肩を引き寄せた。華奢な彼女の肩から背中に腕を回し、細い身体を強く優しく抱き締める。

ずっとこのままこうしていられたら、どんなにいいだろう。このまま美月に正体を明かして連れ去りたい……。
だけどそれはできない。
愛しているから。誰よりも大切な君だから、君の人生を壊したくない。

 すべてが3年前と同じ。
3年前と違うのは、佐藤瞬はもういない。
ここにいるのは佐藤瞬ではなく、三浦英司。

「三浦……先生……?」

佐藤の行動に戸惑う美月が腕の中から顔を上げた。
薄く開いた血色のいい唇に吸い寄せられそうになる。寸前のところで理性を保って、佐藤は微笑んだ。

『気をつけて帰りなさい』

 腕に閉じ込めた美月を解放して、足早に階段を降りた。一度も振り返らずにロビーを横切って図書館を出る。

暖房の効いた図書館から北風の吹く屋外へ。この寒さが加熱した心を冷やすにはちょうどよかった。

 美月に気付かれないように振る舞っていたつもりだった。それなのに抱き締めてしまった。

『結局俺は美月を泣かすことしかできないな』

力無く呟いた声は佐藤瞬のもの。どんなに別人に成り済ましても、美月だけは欺けない。

 あの夏の月夜に壊れるくらいに君を愛した。そして君を壊した。

だから今度は君が二度と壊れないように、誰かに壊されないように。
君を守り続けると、そう決めたんだ。

 ぬくもりの欠片に残るものは、あの夏の残像
消えた残像を佐藤は探す

もう見つからない

季節は冬、あの夏の残像はもうどこにもいない



story4.Blue moon END
→story5.Milky way に続く
< 134 / 272 >

この作品をシェア

pagetop