早河シリーズ短編集【masquerade】
 彼女は頬杖をついて隼人に顔を向ける。

「どうなの? 浅丘美月を助けたいの?」
『どうして美月のこと……美月の知り合いか?』
「知り合いじゃないわよ。会ったこともない。でも間接的には知ってるかな。彼女の身に何が起きているかも知ってる。アゲハという人物から手紙が来たんでしょう?」

 女の猫に似た瞳が微笑んでいる。天使のような悪魔のような、優しさと妖艶さのある魅惑的な微笑だった。

(この女、ただ者じゃない。アゲハの手紙のことを知ってるなら刑事……ではないよな。この圧倒的なオーラはなんだ? 強いて言うなら女スパイ?)

女の言葉をどこまで信用すればいいかわからないが、とりあえず試してみることにした。

『もし俺が美月を助けたいって言ったらどうするんだ?』
「助ける方法を教えてあげる」
『助ける方法?』

 バーテンが女の前にカクテルを置いた。女は赤色のショートカクテルを品よく一口飲む。
カクテルグラスを持つ女の爪先は紅色に彩られ、左手の薬指には金色の指輪が嵌まっていた。

その指輪がただのファッションリングなのか、既婚者の証なのかは不明だ。

「浅丘美月を助けたいのなら、あなたの幼なじみの加藤麻衣子を頼るといいわ」
『……麻衣子?』

 また意外な名前の登場に女への不信感が募る。彼女は隼人の不信の目など気にもせずに耳につけたロングピアスに触れていた。

「加藤麻衣子の友人に香道なぎさって女がいるの。彼女は探偵事務所で助手をしている。浅丘美月を助けたいのなら、加藤麻衣子を通じてその探偵に依頼しなさい」
『そいつに頼めば美月を助けられるのか?』
「探偵の能力次第だけれど、きっと彼はアゲハの正体に辿り着く」
『……ってことは、あんたはアゲハが誰か知ってるんだな?』

探りを入れても女は微笑するだけ。彼女からは甘くて優しいローズの薫りがした。

「それはノーコメント。ここから先はあなたが自分で動くことね。……ご馳走さま。美味しかったわ」

 カクテルを飲み干して彼女は立ち上がった。ドレッシーな黒のワンピースから伸びる細長い脚は闇に映える白さ。ネイルと揃いの真っ赤なピンヒールがよく似合っている。

赤と黒と白しかない女だ。

『あんた何者だ?』
「私はクイーン」
『クイーン……?』
「香道なぎさに聞けばわかるわよ」

 女は二人の男を引き連れてバーを立ち去った。会計は連れの男が済ましていたらしく、女は真っ直ぐ出入り口に向かって闇に消えた。
彼女が去った後には芳醇なローズの薫りがふわりと漂っていた。

 ──その後、隼人は女の指示通りに早河探偵事務所を訪れ、彼女の正体が犯罪組織カオスのクイーンだと知ることになる。

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