早河シリーズ短編集【masquerade】
2012年3月22日(Thu)
明鏡大学の卒業式が大学敷地内の講堂で行われた。浅丘美月が在籍する総合文化学部と文学部の卒業式は午後1時半に始まり、1時間弱で式典を終えた卒業生達が続々と講堂から出てくる。
春の青空と同じ、水色の着物に桜色の袴姿の美月は中庭で友人達と写真撮影をしていた。友達や後輩との記念撮影も一段落して、夜の謝恩会までまだ時間がある。
美月は文学部卒業生の石川比奈と晴れ着姿のまま、大学近くのカフェに入った。店内には二人の他にも晴れ着姿の学生が数人いる。
店員の女性から「ご卒業おめでとうございます」と声をかけられ、美月と比奈は気恥ずかしくなりながらも礼を言った。
美月はミルクティーとシナモンロール、比奈はカプチーノとストロベリータルトを注文する。
「4年間あっという間だったね」
スマートフォンで撮影した友達との記念写真を眺める比奈は少し寂しげだ。
4年間通い慣れたあの校舎で、あの講義室で、居眠りと戦いながら90分の講義を受けることも、
試験前の膨大なレポートに悩まされることも、太陽の光がたっぷり入る食堂で昼休みを過ごすことも、
内緒話をする時によく座った中庭のベンチに座ることも、もうない。
卒業は嬉しさと寂しさが半分こ。
「ね。ホントあっという間。テストと就活は大変だったけど、色んなことがあって楽しかったなぁ」
「美月が“色んなこと”って言うと、なかなか意味深だぞ」
「あははっ。確かに。2年の時が一番印象的で忘れられない年だったかも」
大学2年を過ごした2009年は美月にとって激動の1年と言っていい。
あの年は再び出会った犯罪組織カオスのキング、貴嶋佑聖と深く関わった1年だった。
「キングどうしてるんだろ」
「美月からキングの話題出てくるって珍しいね。もう関わりたくないって言ってなかった?」
「そうなんだけどね。でも最近よくキングのこと思い出すの。何してるんだろーって」
美月はシナモンロールを切り分けて口に運ぶ。シナモンの香りと味が口内に広がった。
こんなに美味しい食べ物も拘置所では食べられない。高級な物ばかりを食べていそうな貴嶋が、拘置所でどんな暮らしをしているのか想像もつかなかった。
「そりゃあ自分の犯した罪と向き合って反省してるんじゃない?」
「反省するような人ならいいんだけどね……。あの人は、反省って言葉が世界一似合わない人だと思う」
せめて東京拘置所にいる彼に手紙でも送れるなら大学を卒業したと報告できるのに、あのカオスのキングに手紙を送りたいなどと言い出せば両親も、懇意にしている警視庁の上野警部も卒倒《そっとう》するに違いない。
明鏡大学の卒業式が大学敷地内の講堂で行われた。浅丘美月が在籍する総合文化学部と文学部の卒業式は午後1時半に始まり、1時間弱で式典を終えた卒業生達が続々と講堂から出てくる。
春の青空と同じ、水色の着物に桜色の袴姿の美月は中庭で友人達と写真撮影をしていた。友達や後輩との記念撮影も一段落して、夜の謝恩会までまだ時間がある。
美月は文学部卒業生の石川比奈と晴れ着姿のまま、大学近くのカフェに入った。店内には二人の他にも晴れ着姿の学生が数人いる。
店員の女性から「ご卒業おめでとうございます」と声をかけられ、美月と比奈は気恥ずかしくなりながらも礼を言った。
美月はミルクティーとシナモンロール、比奈はカプチーノとストロベリータルトを注文する。
「4年間あっという間だったね」
スマートフォンで撮影した友達との記念写真を眺める比奈は少し寂しげだ。
4年間通い慣れたあの校舎で、あの講義室で、居眠りと戦いながら90分の講義を受けることも、
試験前の膨大なレポートに悩まされることも、太陽の光がたっぷり入る食堂で昼休みを過ごすことも、
内緒話をする時によく座った中庭のベンチに座ることも、もうない。
卒業は嬉しさと寂しさが半分こ。
「ね。ホントあっという間。テストと就活は大変だったけど、色んなことがあって楽しかったなぁ」
「美月が“色んなこと”って言うと、なかなか意味深だぞ」
「あははっ。確かに。2年の時が一番印象的で忘れられない年だったかも」
大学2年を過ごした2009年は美月にとって激動の1年と言っていい。
あの年は再び出会った犯罪組織カオスのキング、貴嶋佑聖と深く関わった1年だった。
「キングどうしてるんだろ」
「美月からキングの話題出てくるって珍しいね。もう関わりたくないって言ってなかった?」
「そうなんだけどね。でも最近よくキングのこと思い出すの。何してるんだろーって」
美月はシナモンロールを切り分けて口に運ぶ。シナモンの香りと味が口内に広がった。
こんなに美味しい食べ物も拘置所では食べられない。高級な物ばかりを食べていそうな貴嶋が、拘置所でどんな暮らしをしているのか想像もつかなかった。
「そりゃあ自分の犯した罪と向き合って反省してるんじゃない?」
「反省するような人ならいいんだけどね……。あの人は、反省って言葉が世界一似合わない人だと思う」
せめて東京拘置所にいる彼に手紙でも送れるなら大学を卒業したと報告できるのに、あのカオスのキングに手紙を送りたいなどと言い出せば両親も、懇意にしている警視庁の上野警部も卒倒《そっとう》するに違いない。