早河シリーズ短編集【masquerade】
 自分でもどうかしていると思う。けれど時々、貴嶋との様々な出来事を思い出しては美月は物思いに耽る。
あの男はそれだけの影響を美月に与えたのだ。

「そうそう。渡しそびれるとこだった。はいっ!」

 比奈が紙袋をテーブルに置いた。シナモンロールの横に置かれた袋を見て美月は首を傾げる。

「なぁに?」
「私からの結婚祝いだよん」

親友の突然のプレゼントに驚きを隠せない。紙袋に入っていたのは細長い箱だった。
美月は丁寧に包装紙を剥がして箱を開く。中にはピンクと青の色違いの箸が二膳入っていた。

「そのお箸ね、持ち手を上から見るとハートの形になってるの。ピンクが美月で、青が隼人くんのお箸」
「本当だ! ハートになってて可愛い! しかも名前まで入ってる」

 ピンクの箸にはMITSUKI、青色の箸にはHAYATO、二人の名前の刻印があった。美月は夫婦箸を戻した箱を胸に抱える。

「比奈ありがとう。大切に使うね」
「どういたしまして。まさかこんなに早くに美月がお嫁に行っちゃうとはね。ちょっと寂しい」
「私も22で結婚するなんて思わなかったよ」

 新しい生活がすぐそこまで迫ってきている。もうすぐ“浅丘美月”ともさよならだ。

それから宮益坂のゲームセンターに立ち寄って、卒業記念でプリクラを撮った。袴姿でプリクラに写る美月と比奈は満面の笑顔だ。

 二人は渋谷駅前の交差点に佇んだ。大学がある渋谷にも4年間通い続けた。駅前のこの風景ともお別れだ。

「もう毎日渋谷に通うこともないんだね」
「二人とも職場は渋谷じゃないもんね。あーあ。だけど訓練が憂鬱。ちゃんとCAになれるかなぁ」
「比奈なら大丈夫。いつか比奈が乗ってる飛行機に乗るのが私の夢だよ」

航空会社に就職する比奈は入社後にキャビンアテンダントの訓練が待っている。小学校、中学校、高校、大学とずっと一緒だった比奈とも、これからは別々の道を歩む。

 夜の謝恩会も笑顔と感傷の入り交じる時間だった。皆それぞれの道を進み、それぞれの門出を迎える。

4月から新社会人となる美月のまず最初の新しい一歩が隼人との結婚だ。

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