早河シリーズ短編集【masquerade】
 謝恩会から帰宅して入浴を済ませた美月は、一階の和室の扉が開いていることに気付いた。和室を覗くと母の結恵が座椅子に座ってフォトアルバムをめくっている。

「お母さん何してるの?」
「美月の赤ちゃんの頃の写真が見たくなったのよ。こんなに小さかったのね」

 母の隣に寄り添って美月もアルバムを眺めた。生まれたての赤ん坊の頃からおてんばな2歳、澄まし顔の4歳、幼稚園での運動会、アルバムには美月の幼少期の歴史が詰まっていた。

「私がお嫁に行っちゃうの寂しい?」
「寂しいけど、嬉しい方が強いかな」
「そうなの?」
「美月が人生を一緒に生きたいと思える人を見つけてくれたことが嬉しいの。そういう人に出会えて結ばれることは奇跡なんだから」

 母の言葉に鼻の奥がツンとした。涙を流して抱き付く美月を結恵が優しく抱き締める。
母の腕の中は昔と変わらない、“お母さんの匂い”がした。

人と人が巡り会って愛し合い、家族になり新しい命が誕生する。なんてことない普遍な出来事だと思えても、本当はとても奇跡的なこと。

 結恵が二冊目のアルバムをめくる。このアルバムには6歳から小学生までの美月の写真が収められていた。

美月は桜の並木道でピンク色のセーターを着た自分の写真を目に留めた。

「この写真の場所って静岡のお祖父ちゃん家の近くの桜並木?」
「そうよ。美月が小学校入学前の写真ね」
「桜の木の下のおじさんに会ったのもこの時だ。懐かしい」

 6歳の時に一度だけ会った桜の木の下のおじさんの正体を、美月は知らない。写真を見るのに夢中になっていた彼女は母親の表情の変化にも気付かなかった。

「桜の木の下のおじさん元気かなぁ……」
「……元気でいるといいね」

それが結恵の願いであることも、美月は知らない。

< 163 / 272 >

この作品をシェア

pagetop