早河シリーズ短編集【masquerade】
3月24日 大安(Sat)
大安吉日という言葉が相応しい晴天の空の下。世田谷区の浅丘邸の玄関前に立った木村隼人は呼び鈴を鳴らした。
扉が開くまでの緊張の30秒間は、速いようで長い30秒間だった。開いた扉から現れた美月の姿に彼の緊張もホッと緩む。
「いらっしゃい」
『はー。緊張した。いきなりお父さんが出てきたらどうしようかと思った』
土曜日で仕事は休みなのに、隼人は私服ではなくスーツを着ていた。
今日は美月と隼人にとって大切な日。正装としてスーツを選んだのは隼人なりの覚悟の表れ。
「さすがの隼人もお父さんの前ではたじたじだよねぇ」
『当たり前だろ。奥さんのお父さんってなれば誰だって緊張する』
小声でやりとりして吹き抜けのリビングに入ると、美月の妹の希美《のぞみ》が隼人を出迎えた。
「隼人くんいらっしゃーい! 今日もばっちしイケメン!」
『希美ちゃんは今日も元気だね。はい、中学卒業と高校入学おめでとう』
「わぁ! ありがとう! pinkjewel《ピンクジュエル》のお財布とパスケースっ! お義兄様センス良すぎるぅ」
中学卒業と高校入学祝いのプレゼントを受け取った希美は、憧れのティーンズブランドのお財布を貰えて歓喜している。
希美も4月からは高校生。浅丘家の面々には新たなスタートの春となる。
リビングに現れた母親の結恵と和やかに会話をしていた隼人も、美月の父が姿を見せると表情を引き締めた。
ポーカーフェイスで何事も冷静沈着な隼人が美月の父親の前でのみ見せる緊張の顔。隼人のポーカーフェイスを見慣れた美月には、彼のそんな表情が新鮮で、いとおしく思えた。
両親と妹に見送られて美月は実家を出た。次にこの家に帰る時にはもう、“浅丘美月”ではなくなっている。
美月を乗せた隼人の車がある場所に向かう。そこが近付くにつれて彼女は胸に手を当てた。
「なんだかドキドキしてきた」
『俺も。こんなに緊張するものなんだな』
目黒区役所の駐車場に車を停めて、区役所の休日受付の窓口で婚姻届を提出した。
大安の土曜日は美月達と同じように区役所の休日窓口を利用するカップルが多く、駐車場に戻る時も数組の男女とすれ違った。
「今日から私は木村さんなんだ。名前呼ばれてもちゃんと返事できるかな……」
『よろしく。木村美月さん』
差し出された隼人の手を美月は握った。二人が出会って今年の夏で6年目。これからもずっと彼の隣をこうして歩いていきたい。
大安吉日という言葉が相応しい晴天の空の下。世田谷区の浅丘邸の玄関前に立った木村隼人は呼び鈴を鳴らした。
扉が開くまでの緊張の30秒間は、速いようで長い30秒間だった。開いた扉から現れた美月の姿に彼の緊張もホッと緩む。
「いらっしゃい」
『はー。緊張した。いきなりお父さんが出てきたらどうしようかと思った』
土曜日で仕事は休みなのに、隼人は私服ではなくスーツを着ていた。
今日は美月と隼人にとって大切な日。正装としてスーツを選んだのは隼人なりの覚悟の表れ。
「さすがの隼人もお父さんの前ではたじたじだよねぇ」
『当たり前だろ。奥さんのお父さんってなれば誰だって緊張する』
小声でやりとりして吹き抜けのリビングに入ると、美月の妹の希美《のぞみ》が隼人を出迎えた。
「隼人くんいらっしゃーい! 今日もばっちしイケメン!」
『希美ちゃんは今日も元気だね。はい、中学卒業と高校入学おめでとう』
「わぁ! ありがとう! pinkjewel《ピンクジュエル》のお財布とパスケースっ! お義兄様センス良すぎるぅ」
中学卒業と高校入学祝いのプレゼントを受け取った希美は、憧れのティーンズブランドのお財布を貰えて歓喜している。
希美も4月からは高校生。浅丘家の面々には新たなスタートの春となる。
リビングに現れた母親の結恵と和やかに会話をしていた隼人も、美月の父が姿を見せると表情を引き締めた。
ポーカーフェイスで何事も冷静沈着な隼人が美月の父親の前でのみ見せる緊張の顔。隼人のポーカーフェイスを見慣れた美月には、彼のそんな表情が新鮮で、いとおしく思えた。
両親と妹に見送られて美月は実家を出た。次にこの家に帰る時にはもう、“浅丘美月”ではなくなっている。
美月を乗せた隼人の車がある場所に向かう。そこが近付くにつれて彼女は胸に手を当てた。
「なんだかドキドキしてきた」
『俺も。こんなに緊張するものなんだな』
目黒区役所の駐車場に車を停めて、区役所の休日受付の窓口で婚姻届を提出した。
大安の土曜日は美月達と同じように区役所の休日窓口を利用するカップルが多く、駐車場に戻る時も数組の男女とすれ違った。
「今日から私は木村さんなんだ。名前呼ばれてもちゃんと返事できるかな……」
『よろしく。木村美月さん』
差し出された隼人の手を美月は握った。二人が出会って今年の夏で6年目。これからもずっと彼の隣をこうして歩いていきたい。