早河シリーズ短編集【masquerade】
 区役所から新居のマンションまでの道を辿る。二人が選んだ新居は、目黒駅から徒歩7分の五階建てマンションの最上階。

2LDKの広々とした部屋は南向きの窓から明るい日差しが差し込んでいる。

 先週引っ越してきたばかりの部屋の片隅にはまだ片付けられていないダンボールが積まれていた。それらを少しずつ片付けて太陽が傾きかけた頃に、休憩に淹れたコーヒーでしばしのブレイクタイム。

『まだ実感ないけど、俺達夫婦になったんだな』
「隼人は旦那様になったんだね」

ソファーに並んで座る隼人の肩に美月は頭を預ける。隼人は美月の左手薬指の指輪を撫でて微笑した。

『美月は奥様になったんだな』

 旦那様と奥様の響きに二人は笑い合う。抱き締める身体から伝わる互いの体温に落ち着きを感じた。

『あー……俺、今めちゃくちゃ幸せ』
「私も幸せ。隼人の奥さんになれてとっても嬉しい」
『そんな可愛いこと言われると困るな……』

隼人が困った顔で美月を見下ろすが、美月には隼人が眉を下げる理由がわからない。

「どうしたの?」
『コーヒー飲んでちょっと休憩するつもりだったけど、休憩もう1時間延長な』
「延長? なんで……ええっ……!」

 手を引かれて連れて行かれた部屋は寝室だった。隼人の意図を察した彼女は寝室の入り口で踏みとどまる。

「待って待ってっ! 部屋の片付け終わってないし、お夕御飯の支度もあるし……まだ夕方で明るいし……!」
『新婚初夜は美月が俺の夕飯』
「私は食べ物じゃなーい!」
『俺は美月に食べられたいけど? 美月は俺を食べたくないの?』

 寝室にはシングルベッドが二つ並んでいて、美月は隼人側のベッドに押し倒された。
問答無用でキスをされ、自分の服を脱ぐ隼人を見上げて美月は降参の溜息をついた。

「ドSエロ帝王……!」
『それ、俺には褒め言葉』

隼人にはどうしたって敵わない。悔し紛れに呟いた言葉も甘いキスと身体に植え付けられる快楽で無力化されてしまう。

 出会った頃と変わらない二人のやりとり。でも今日からは今までと少し違う。
同じ苗字に同じ家、帰る家が同じになった二人は“恋人”から“家族”になった。

 甘い甘い結婚生活1日目。これから末永く、よろしくね。
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