早河シリーズ短編集【masquerade】
 場が一瞬の静寂に包まれた後に翼と朝陽が笑い出した。

『牽制って! 兄貴ダッサー!』
『俺の中の隼人さんのイメージがどんどん崩れていくんだけど……。もっと大人で余裕あるイメージだったのに……』

翼は大声で笑い、朝陽は口元を押さえて笑うのを堪えているが、肩が小刻みに震えている。

「凄まじい溺愛」
「隼人のことだから、なんとなく予想はついてたけど……」

由佳と麻衣子は苦笑い。

「隼人くんは美月が心配で心配で堪らないのねぇ! お嬢さん愛されてるねぇ。おお、どうした? ほっぺが赤いぞ?」

 アルコールが回ってきた比奈は赤面して言葉も出ない美月の頬を突っついた。舌打ちした隼人が渡辺を睨む。

『亮……面白がってるな?』
『完全に。だってこんな面白いネタ、他にないしな』
『後で覚えてろよ?』
『悪いな。俺の頭は10秒後に記憶がリセットされる仕組みなんだ』

隼人と付き合いの長い渡辺は隼人の扱いを心得ている。隼人はふて腐れてビールを呷った。

『で、美月は結婚がこのタイミングになったのはどうしてだと思ってたんだ?』
「えーっと……プロポーズが夏で、その時に結婚式は来年の秋頃で……って話をしてて、だから流れでこの時期になったのかなって………」

 朝陽に問われてしどろもどろに答える美月の顔が赤いのは、アルコールのせいだけではない。
美月は小さく縮こまって、大きなトマトがトッピングされたマルゲリータを黙々と食した。

『おいおい兄貴ー。美月ちゃん真っ赤になってるからフォローしてやらないと。なぁ由佳?』
「そうですよぉ。隼人さんからちゃんと説明しないと!」

翼と由佳の弟カップルが兄夫妻をからかい始める。この二人も今年入籍が決まっている。
兄夫妻が隼人と美月、弟夫妻が翼と由佳となれば、木村家は一段と騒がしい一族になりそうだ。

 隼人はバツの悪い顔で美月を見た。美月も照れ臭く隼人を見上げる。

「牽制って本当?」
『ん。まぁ……そういうこと……だな。会社入ってしばらくしてから結婚するよりは、結婚してから入社した方がいいだろうって。その方が俺も美月の生活のフォローができるしな。美月のご両親と話し合って決めたことなんだ。でも美月の気持ち無視して、勝手に決めてごめんな』
「ううん。私のことを考えてくれてのことだもん」

驚きはしても不満はない。一生懸命、二人の未来を考えてくれる隼人の気持ちが嬉しかった。
< 167 / 272 >

この作品をシェア

pagetop