早河シリーズ短編集【masquerade】
12月15日(Sun)午後3時

 小野田泉は住宅街の小道を右に曲がって鉄骨造のアパートの前で立ち止まった。

「泉ちゃんのドッキリびっくりサプライズ訪問、決行ー!」

小声で独り言を呟いて、アパートの外階段を上がる。二階に並ぶ三つの扉の中央、202号室の鍵穴に合鍵を差し込んだ。

「ダイキー。研究片付いたから来ちゃった……よ……」

 見慣れない女物のブーツが玄関にあった。玄関のすぐ横がキッチンになっている単身者用アパートは、玄関にいても部屋の奥まで容易に見渡せる。

『えっ……泉っ?』

 泉の恋人のダイキは全裸でベッドの上で慌てふためいている。ダイキの隣には同じく全裸の女が寄り添っていた。

「あーあ。バレちゃった」

女は泉が現れても動揺も見せずに鼻で笑った。全裸の男と女がベッドにいるこの状況、男の方は自分の恋人……泉は自分が何を見ているのか理解できずに立ち尽くす。

「……なにこれ? どういうこと?」
「はぁ? ウケるぅ。どういうことって、こういうことに決まってるじゃない」

 泉の目の前で見せつけるように、女はダイキにキスをした。驚きはしても抵抗しないダイキは女のされるがまま、いやらしい音を奏でて二人は長いキスを交わしている。

ここから出て行きたくても足が震えて動けない。見たくもない恋人と浮気相手のキスシーンから泉は目をそらした。

けれど目を伏せても耳に聞こえてくるのは浮気相手の女とダイキの甘ったるい吐息。
やめて。そんなもの聞きたくない。

「あなた大学院生なんでしょ? 頭いいよねぇ。でも女は頭いいだけじゃダメなんだよ? ダイキは彼女が理屈っぽくて飽きたんだって。理系は疲れるって言ってたよ。ね、ダイキ?」

 女の猫なで声が気持ち悪い。こんな媚びた声を出して男にすり寄る女も、そんな女を選ぶダイキも気持ち悪い。

「理系は疲れる、理屈っぽい……へぇ。ずっとそう思ってたんだ。研究が忙しくて会えなかったのは悪かったと思ってるよ。だけど疲れた私を励ましてくれたのも全部嘘だったの? この前も研究頑張れって……言ってくれたのに……」

泉が問い質してもダイキはバツの悪い顔をするだけ。それが彼の答えだと泉は察した。

「わかった。さようなら」

 ダイキの部屋の合鍵を床に叩きつけ、玄関を出た泉は乱暴に扉を閉めた。全速力でアパートの階段を降りて、ダイキの部屋が見えるアパートの裏手に回る。

彼女は深呼吸をして天を仰いだ。

「最低浮気男っ! バッカヤロー!」

 二階のダイキの部屋に向かって叫んだ。アパートの隣の一軒家の庭で遊んでいた少女は、泉の叫び声に目を丸くしていた。
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