早河シリーズ短編集【masquerade】
 星城大学の建築科修士課程2年の泉は、同い年の社会人のダイキと付き合っていた。
まだ泉が建築科の学部生の頃、星城大学の学祭に遊びに来ていたダイキが売り子をしていた泉に声をかけたのが、出会ったきっかけだ。

所謂、ナンパから始まった恋であったことは否めないが交際期間は3年続いた。泉にとっては、高校生以来の人生二人目の彼氏だった。

(ダイキは私よりもあんな化粧の濃いバカっぽい女がいいの? 信じられない)

 この数ヶ月、研究と論文に追われる日々でダイキとはろくに会えなかった。
最後にデートをしたのは泉の記憶では秋頃だ。夕食に栗ご飯を食べた記憶があるから、間違いない。

デートができなくてもダイキは不満も言わずにメールや電話で泉を励ましてくれた。ダイキとは心で繋がっていると信じていた。
現実はそんなに甘くない。心で繋がれる少女マンガの理想的ヒーローのような男はいないのだ。

 浮気相手の勝ち誇った笑みが脳裏にちらつく。どんどん沸いて出てくる浮気相手を罵る悪口の言葉を泉は無理やり封じ込めた。
これでは自分が嫌な女になっていくだけだ。

ダイキは何も言わなかった。謝罪も弁解も、泉を非難する言葉さえ彼からは聞けなかった。
それが情けなくて悔しくて、家に帰り着くまで我慢しようとした涙が一気に溢れて、彼女は地下鉄のホームにうずくまって泣いていた。

 翌日、16日月曜日。星城大学建築科の院生室で泉は友人の斎藤朋美にダイキと別れた経緯を話した。

「理系は理屈っぽい、飽きた、疲れる、3年付き合ってそれって酷くない? 自分は何も言わずに浮気相手に全部言わせてあのヘタレ! 言い訳のひとつもしてみせなさいよ浮気者ぉ!」

朋美が差し入れたドーナツを無心で頬張る。この際、太っても構うものかと半ばやけ食いだった。朋美が興奮する泉をなだめる。

「私らみたいな理系はリケジョって一時はもてはやされたけど、実際は理屈っぽい、冷たい、メンドクサイで男に毛嫌いされがちだもんねぇ。よしよし」

 院生室には他にも数人の男女の院生がいるが、皆自分の研究が第一優先のため泉と朋美の会話には入ってこない。
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