早河シリーズ短編集【masquerade】

2014年1月7日（Tue）

　西暦が2014年に変わり、街はクリスマスの洋装から正月の和装、三が日を過ぎると来月のバレンタインに向けたチョコレートの甘い洋装に切り替わる。

ついこの前まで雑誌やテレビの特集もクリスマスプレゼントやイルミネーションの話題で持ちきりだったくせに、クリスマスが終わると世間は一気に年の瀬モード。

　年明けは正月の風物詩で有名な大学駅伝の話題になる。駅伝に出場した星城大学は、今年は総合7位だった。
三が日を過ぎた今はクリスマスも正月の気配も消え失せて、人々の関心は来月のバレンタインデーに染まる。

　人間とは移ろいやすく単純な生き物だと泉は呆れていた。そんな自分も街に溢れるバレンタイン関連のコーナーに立ち寄り、ラッピンググッツを物色してしまうのだから人のことは言えない。

（あげる相手もいないのにね）

　今年はチョコは作らないと決めていても、可愛らしいハート型の箱やカラフルなラッピンググッツには心躍る。

チョコをあげたい相手に元カレのダイキの顔は浮かばない。代わりに浮かんでくるのは、意地悪く微笑む渡辺亮の横顔だった。

（なんで渡辺先生の顔が浮かぶのよ。あんな……一度だけ会った人の顔が……）

　思わず手に取ったピンク色の箱とラッピンググッツを数点購入して泉は店を出る。彼氏もいないのにこんな物を買い込んで、自分は何がしたいのだろう。

「渡辺先生って甘い物好きかな？」

呟いた独り言にハッとして口元を押さえた。特に知り合いの見当たらない街中でキョロキョロと辺りを見回す泉を、通りすがりのサラリーマンが怪訝に眺めている。

　忘年会の翌朝に渡辺の家で目覚めたあの日以降、渡辺とは会っていない。彼は情報工学科のポストドクター、泉は建築科の院生。
研究棟が違う二人は滅多なことがない限り、同じ構内にいても顔を合わせる機会はない。

渡辺にからかわれたのが悔しくて不機嫌な顔で別れの挨拶をしたっきりだ。

（いきなりバレンタインのチョコとなると重いよね。変に勘違いされると私も先生も困るし……）

　泉を男子学生の魔の手から救ってくれた、ダイニングバーの女性店員へのお礼とお詫びの品をどうするか思案していた。
女性店員に渡すお菓子のついでに、渡辺にも迷惑をかけたお詫びに何か作って渡しに行こうと考えた。

　3月で修士課程を修了して社会人になる泉にとってこの1月は修士論文の提出期限が迫る慌ただしい月だ。2月には口頭試問があり、バレンタインに浮かれる場合でないこともよくわかっていた。