早河シリーズ短編集【masquerade】
二人は建築科と情報工学科の研究棟を繋ぐ渡り廊下に出た。
鈴華は泉の顔や服装を上から下へ、ねめつけるように観察している。その睨みの視線はあまり気持ちのいいものではない。
先月の忘年会に参加していた同士でも、ほとんど今日が初対面の鈴華にこんな風に敵意の眼差しで睨まれるのか理由の見当もつかなかった。
「なに? じっと見て……」
「すみません。まぁまぁだなと思って。総合的に見て70点」
「はぁ?」
「気にしないでください。こちらの話です」
鈴華のペースに乗せられて調子が狂う。
ふわふわのウェーブした茶髪、身体の曲線に沿うニットワンピースは太ももが見えるミニ丈。
自分の可愛さを理解して武器にしている鈴華のような女は、泉が最も苦手とするタイプだ。
「忘年会の帰り道、私はあなたが渡辺先生に背負われて一緒のタクシーに乗るところを見ました」
予想もしていなかった渡辺亮の名に泉は動揺を隠せない。分かりやすく動じた泉を見て、鈴華は手にしたスマホを片手で振った。
「これで写真も撮りました。写真には渡辺先生の顔も小野田さんの顔もはっきり写っていましたよ」
「写真って……本当に?」
「本当です。私は写真を渡辺先生に見せました。この写真を教授にバラされたくなかったら渡辺先生の恋人にしてくださいって先生を脅したの」
鈴華の口から次々と飛び出す予想外の出来事に泉は目眩がしそうだった。
(脅した? え、ちょっと待って。話が急すぎてついていけない……)
「どうしてそんなこと……」
「私は渡辺先生が好きです。だから先生を私のものにするために写真を道具として使ったんです」
鈴華は顔はとても可愛く、細身の小柄で胸もある。男の理想的な女の姿を具現化した外見の鈴華が恋心を抱く相手が渡辺亮。
こんな全身から女のオーラを醸し出す鈴華に告白されて、嫌な男はいないと同性の泉でも思う。
「それで渡辺先生は何て……?」
その先を聞くのが怖い。渡辺が鈴華の要求にどう答えたか、知りたいのに知りたくない。
「先生はバラしたいならバラせばいいって言いました。自分が大学を辞めればいいだけだって。最初はそう言っていました。普段の先生ならそれだけだったと思います。私の脅しにも全然ビビってなかったから。……でも、先生は私にキスしてくれたんです」
泉はその場にフリーズしたまま、思考も体も停止して動かない。胸のざわめきと疼く痛みが止まらない。
渡辺も所詮《しょせん》は男だ。可愛い女に脅迫まがいでも迫られたら、男の欲望が勝るに決まっている。
鈴華の言うことを否定できるほど、泉は渡辺の人間性を知らない。渡辺と鈴華がキスをした事実を嘘だと思いたくても、嘘だと思える根拠がない。
泉は渡辺のことを、何も知らないのだから。
「小野田さん顔色悪いですよ。大丈夫ですか?」
「ちょっとびっくりしちゃって」
「何にそんなに驚かれたんですか?」
「そりゃあ……渡辺先生があなたに……キスしたってことがね……」
泉の受け答えもしどろもどろ。鈴華は子猫に似た愛らしい顔を歪めて溜息をついた。
鈴華は泉の顔や服装を上から下へ、ねめつけるように観察している。その睨みの視線はあまり気持ちのいいものではない。
先月の忘年会に参加していた同士でも、ほとんど今日が初対面の鈴華にこんな風に敵意の眼差しで睨まれるのか理由の見当もつかなかった。
「なに? じっと見て……」
「すみません。まぁまぁだなと思って。総合的に見て70点」
「はぁ?」
「気にしないでください。こちらの話です」
鈴華のペースに乗せられて調子が狂う。
ふわふわのウェーブした茶髪、身体の曲線に沿うニットワンピースは太ももが見えるミニ丈。
自分の可愛さを理解して武器にしている鈴華のような女は、泉が最も苦手とするタイプだ。
「忘年会の帰り道、私はあなたが渡辺先生に背負われて一緒のタクシーに乗るところを見ました」
予想もしていなかった渡辺亮の名に泉は動揺を隠せない。分かりやすく動じた泉を見て、鈴華は手にしたスマホを片手で振った。
「これで写真も撮りました。写真には渡辺先生の顔も小野田さんの顔もはっきり写っていましたよ」
「写真って……本当に?」
「本当です。私は写真を渡辺先生に見せました。この写真を教授にバラされたくなかったら渡辺先生の恋人にしてくださいって先生を脅したの」
鈴華の口から次々と飛び出す予想外の出来事に泉は目眩がしそうだった。
(脅した? え、ちょっと待って。話が急すぎてついていけない……)
「どうしてそんなこと……」
「私は渡辺先生が好きです。だから先生を私のものにするために写真を道具として使ったんです」
鈴華は顔はとても可愛く、細身の小柄で胸もある。男の理想的な女の姿を具現化した外見の鈴華が恋心を抱く相手が渡辺亮。
こんな全身から女のオーラを醸し出す鈴華に告白されて、嫌な男はいないと同性の泉でも思う。
「それで渡辺先生は何て……?」
その先を聞くのが怖い。渡辺が鈴華の要求にどう答えたか、知りたいのに知りたくない。
「先生はバラしたいならバラせばいいって言いました。自分が大学を辞めればいいだけだって。最初はそう言っていました。普段の先生ならそれだけだったと思います。私の脅しにも全然ビビってなかったから。……でも、先生は私にキスしてくれたんです」
泉はその場にフリーズしたまま、思考も体も停止して動かない。胸のざわめきと疼く痛みが止まらない。
渡辺も所詮《しょせん》は男だ。可愛い女に脅迫まがいでも迫られたら、男の欲望が勝るに決まっている。
鈴華の言うことを否定できるほど、泉は渡辺の人間性を知らない。渡辺と鈴華がキスをした事実を嘘だと思いたくても、嘘だと思える根拠がない。
泉は渡辺のことを、何も知らないのだから。
「小野田さん顔色悪いですよ。大丈夫ですか?」
「ちょっとびっくりしちゃって」
「何にそんなに驚かれたんですか?」
「そりゃあ……渡辺先生があなたに……キスしたってことがね……」
泉の受け答えもしどろもどろ。鈴華は子猫に似た愛らしい顔を歪めて溜息をついた。