早河シリーズ短編集【masquerade】
 一歩、一歩、彼に近付くたびに心臓の音が速くなる。

「……こんばんは」
『ああ。バックレずにちゃんと来たな』
「後でお金請求されても困るので」

互いにああ言えばこう言う。相性がいいとは思えない。

『行くぞ』
「どこに……?」
『あっちにバイク置いてあるから』

 詳しい説明もなく歩いて行く加納を追いかける。恵比寿駅近くのバイク置き場に着くと加納はヘルメットを有紗に渡した。
有紗はバイクを目の前にして立ち尽くす。

「これに乗るんですか?」
『まさかバイクの後ろ乗ったことない?』
「ないです。周りでバイク乗ってる人はいませんし……」

父も、早河や矢野も、有紗が知る大人達はバイクではなく車を使う。高校生でもバイクの免許は取れるが、あいにくバイクに乗るような友達もいない。

『そういうとこはオジョーサマって感じするな』
「バカにしてるでしょ?」
『いや? なんか安心した』

 加納が言った安心の意味が有紗にはわからなかった。派手に遊んでいるタイプに見られていたのかもしれない。
加納は有紗の手からヘルメットを取って彼女の頭に被せる。

「きゃっ……ちょっと……」
『じっとしてろ。コレしてないと、もしもの時に頭割れるぞ』

 ヘルメットが有紗の頭から外れないようにしっかり固定する。ヘルメットの向こうの有紗の顔から血の気が引いた。

「もしもの時って……」
『俺は安全運転主義だから安心しろ』

加納の誘導でバイクの後ろに連れられた。先に加納がバイクに跨がり、彼は自分の後ろを指差した。
恐る恐る、有紗はバイクの後ろに跨がる。

『俺の腰に手回せ』
「ええっ……腰に……?」
『掴まってないと振り落とされるぞ』

 加納がヘルメットを被る。初めてのバイクにどうしたらいいのかわからず、有紗は言われるがまま彼の腰に両腕を回した。

そうして密着していると加納の体温がダイレクトに伝わってきて、顔も見えないのに妙に恥ずかしかった。

 年末感の漂う街に灯るイルミネーションを両サイドに眺めながら、都心の道をバイクが駆け抜け、天王洲アイルに到着した。

「この辺りは来たことない」
『高校生には馴染みないかもな。どうする? 飯にするか少しその辺り歩くか』
「歩いてみたい……です」

バイクを駐輪場に駐めて天王洲アイルを散策する。運河に囲まれた夜景に有紗は目を輝かせた。

「綺麗! 新宿や六本木以外にもこんなに綺麗な夜景があったんだ……」
『水に反射する光もなかなか良いだろ』

 二人は遊歩道を歩く。冬の凛と澄みきった空気に包まれて、運河にかかる橋や付近のビルの灯りが水面にきらきらと反射する様は、景色全体が外国の絵画のようだ。運河の水が風に揺れた。
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