早河シリーズ短編集【masquerade】
「マナのこと知ってるの?」

 真愛に話しかけられて少し驚いた様子の二人は顔を見合わせて微笑する。女性が大きなお腹を抱えながら真愛の背丈に合わせて身を屈めた。

「こんにちは」
「こんにちは。お腹、赤ちゃんいるの?」
「そうだよ」
「触ってもいい?」
「いいよ」

真愛は彼女の腹部の膨らみにそっと触れた。

 女の人から子どもが産まれることを、最初に知ったのはいつだった? どこだった?

お母さん犬から沢山の子犬が産まれました──。そうだ、最初に“お母さん”から子どもが産まれることを知ったのは、絵本の中だった。

「あっ……」

真愛はお腹の向こう側にいる命の気配を感じる。何かが動いた。

「赤ちゃん動いてるでしょ?」
「うん。もぞもぞ……? ……ごろごろ……?」
「今日はよく動くんだよ。真愛ちゃんに、こんにちはってご挨拶してるのかな」
「えへへっ。こんにちは」

 真愛はお腹の命に挨拶した後に、父親の後ろに隠れている小さな男の子に片手を差し出した。

「ごあいさつ。こんにちはっ!」

男の子は真愛が差し出した手を見てから戸惑いがちに父親を見上げる。父親は男の子の手をとって真愛の手と繋げた。

『斗真って言うんだ。よろしくね』

男の子の父親が名前を教えてくれた。トウマ……真愛が通う保育園にはいない名前だ。

「トウマくん、私の名前は早河真愛。よろしくね」
『……うん』

 真愛と斗真は握手を交わす。握った手を勢いよく振る真愛に照れた斗真は、また父親の後ろに隠れてしまった。

「みんな上に行くの?」
「うん。真愛ちゃんのお父さんとお母さんも上にいる?」
「パパはいないけどママはいるよ。トウマくん、一緒に行こっ!」

 真愛は斗真の手を引っ張って階段を上がっていった。パステルイエローのワンピースを着た年上の女の子にエスコートされる、蝶ネクタイの男の子のカップルは見ていて微笑ましかった。
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