早河シリーズ短編集【masquerade】
 披露宴会場の外では美月と佐藤が抱き合っていた。

「どうして10年経った今、会いに来たの?」
『美月が大人になったら会いに行こうと思っていたんだ』


 ──美月が大人になるまでは美月の前に現れない──

7年前に美月の母と佐藤が交わした約束だった。


『だけど迷ってもいた。俺が現れたら美月の幸せを壊してしまうかもしれないと思うと……』
「……自惚れないで。あなたが生きて私の前に現れたとしても、私の幸せは壊れない。私は母親であり、木村隼人の妻。あの頃のままの私じゃないの」

 美月は腹部の膨らみに両手を添えて彼を見上げた。彼女はここに宿る命への責任を日々感じている。

10年前と同じ純粋で真っ直ぐな瞳には、10年前にはなかった強い輝きが潜んでいた。浅丘美月でもあり木村美月でもある彼女は、二人の子を持つ強い母親になっていた。

『本当に大人になったんだな』
「当たり前よ。これでも27歳ですからね」
『なんだか少し寂しい気もする』
「ふふっ。男の人ってほんとに勝手だね」

佐藤の手を借りて美月は立ち上がる。隼人と斗真が待つ披露宴会場に戻らなければ。

「佐藤さん。……生きていてくれてありがとう」

 美月の笑顔は10年前も10年後もそのまま、佐藤が愛した月の光のような優しい微笑みだった。
佐藤に背を向けてひとりで歩き始めた美月に隼人が駆け寄って来る。隼人は佐藤の存在には気が付かない。

『遅いから心配した。大丈夫か?』
「ごめんね。目眩がしちゃって、ソファーで休んでいたの」

美月は隼人に肩を抱かれて、披露宴会場の扉の向こう側に消えた。
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