早河シリーズ短編集【masquerade】

5.魔王

 美月と隼人の会話を背中越しに聞きながらサングラスをかけた佐藤は、エレベーターに乗り込んだ。扉が閉まる寸前に黒いスーツの男が乗り込んできた。

エレベーターに乗り込む者は他にいない。スーツの男と二人だけの閉ざされた空間で佐藤が口を開く。

『いつかこの日が来ると思っていました。……キング』

 黒いスーツの男は悠然とかまえてエレベーターの壁にもたれている。

素顔を晒して出歩ける立場ではないことを承知で、メガネやサングラスの装備もなしにこんな人の多い場所に現れるとは、相変わらず大胆不敵な男だ。

『あなたが大人しく監獄にいるわけがない。正直なところ、よく7年も息を潜めていられたものだと思っていますよ』
『そろそろ囚われの身も飽きてきたんだ』

 犯罪組織カオスのキング、貴嶋佑聖は一階のロビーで開いた扉から外に出た。佐藤も貴嶋に続いてエレベーターを降りる。

『拘置所を抜け出したのは明け方だと聞きました。まだ報道はされていませんが、警察と政府は血眼《ちまなこ》になって貴方を捜していますよ』
『私はカクレンボは得意なんだ。君も知っているだろう?』

堂々とホテルのロビーを闊歩する二人の男が犯罪者だとは、ここにいる誰も想像していない。

『ここへは何をしに?』
『君と同じさ。久しぶりに美月の顔が見たくなってね』
『脱獄の目的は美月ですか?』
『だとしたら君はどうする?』

 ホテルの正面玄関を出た先で佐藤と貴嶋は対峙した。貴嶋は無言で口元を斜めにしてスマートフォンを器用に操っている。

脱獄したばかりの彼が意図も容易くスマートフォンを操作する光景に佐藤は疑念を抱いた。

 2016年現在の通信機器の主流はスマートフォンとなり、近頃は子どもや高齢者もスマホを使いこなしている。しかし貴嶋が逮捕された7年前の2009年には、まだスマートフォンの導入はなかった。

貴嶋が世間と隔離された牢獄で過ごした7年の間に文明は急激な進化を遂げた。

 そのスマートフォンは誰に与えられた? 誰に操作方法を教わった?

『美月は俺が守ります』
『ゲームは既にスタートしているよ。そして次世代のカオスは創造されている。君に守りきれるかな?』

 笑いながら人を殺す犯罪界の帝王は、ホテルの前に到着した車に乗って佐藤の前から消え失せた。

貴嶋を乗せた車のナンバーを記憶して、すぐに部下の日浦にナンバーを打ち込んだメールを送った。
だが貴嶋のことだ。ナンバーから車の所有者を割り出せても、おそらく貴嶋には辿り着けない。

 ──”ゲームは既にスタートしている”──
 ──“次世代のカオスは創造されている”──

 貴嶋が残した不吉な言葉は、その日の夜に日本中を震撼させることになる。

 日曜の夜、テレビ局各社は放送予定だった番組内容を変更して、政府と警察庁が合同で開いた記者会見の模様を報じた。

犯罪組織カオスのキング、貴嶋佑聖が10月23日未明に東京拘置所を脱獄。貴嶋の行方は不明。

 最後のゲームが始まりの鐘を鳴らした。
 誰を守る?
 誰が守る?
 終幕はバッドエンドか、ハッピーエンドか。

 これが本当の、終わりの始まり。



白昼夢 ~10years later~ END
 →次作、完結編【魔術師】に続く
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