早河シリーズ短編集【masquerade】
これ以上話してもいいものか逡巡しつつ、有紗は慎重に言葉を選んで話を続けた。
「叔父は自分の兄と好きだった母との間に産まれた私を憎んでいた。私はあいつに殺されそうになって、でも早河さんが助けに来てくれたんです。この前、あいつが脱獄して学校で暴れた時もあいつは私を殺そうとした。全部、美咲の言う通りなんですよ。去年もこの前もあいつの狙いは私だった。他のみんなは巻き込まれただけなの」
柵に置いた手が震えていた。でも今日はフラッシュバックは起きない。隣に加納がいるから?
「早河さんはいつも私を助けて守ってくれる、私のヒーローなんです。だけどもう早河さんからは卒業しなくちゃいけないんです」
『振られたから?』
有紗は微笑してかぶりを振る。
「早河さんは結婚するんです。あ、クリスマスまでにって言ってたからもうしたのかな……。早河さんの奥さんになる人は、私も大好きなお姉ちゃんみたいな存在の人だから。もしその人以外の誰かが早河さんの奥さんになるのは嫌。振られて悲しいけど二人に子どもが生まれたらめちゃくちゃ可愛がると思うし……これでよかったって思っています。私もいつまでも早河さんにくっついていちゃいけない」
今日もバッグにはいつもの巾着袋が入っている。彼女は使い古された猫柄の巾着を加納に見せた。
『なにこれ』
「この巾着はお母さんが作ってくれたものなんです。金平糖が入ってるの。私の御守り」
『御守り?』
「金平糖は有紗の御守りだってお母さんが言っていたんです。今の私にとってはお母さんを思い出せる金平糖は精神安定剤。PTSDってわかりますか?」
加納はああ……と短く返事をして夜空を見上げる。師走の空気が肌に当たって痛い。彼の吐く息は白かった。
『犯罪被害者がなる心の傷……だっけ? もしかしてあんたはそれなの?』
「はい。殺されそうになった記憶がフラッシュバックしたり、お店で倒れた時のように発作が起きて倒れる時もあります。その時に金平糖を食べると落ち着くの」
金平糖の入る巾着袋をバッグに戻し、彼女も白い息を吐いた。ここまで詳しい事情を知るのは友人の奈保や、一部の親しいクラスメートだけ。
「叔父は自分の兄と好きだった母との間に産まれた私を憎んでいた。私はあいつに殺されそうになって、でも早河さんが助けに来てくれたんです。この前、あいつが脱獄して学校で暴れた時もあいつは私を殺そうとした。全部、美咲の言う通りなんですよ。去年もこの前もあいつの狙いは私だった。他のみんなは巻き込まれただけなの」
柵に置いた手が震えていた。でも今日はフラッシュバックは起きない。隣に加納がいるから?
「早河さんはいつも私を助けて守ってくれる、私のヒーローなんです。だけどもう早河さんからは卒業しなくちゃいけないんです」
『振られたから?』
有紗は微笑してかぶりを振る。
「早河さんは結婚するんです。あ、クリスマスまでにって言ってたからもうしたのかな……。早河さんの奥さんになる人は、私も大好きなお姉ちゃんみたいな存在の人だから。もしその人以外の誰かが早河さんの奥さんになるのは嫌。振られて悲しいけど二人に子どもが生まれたらめちゃくちゃ可愛がると思うし……これでよかったって思っています。私もいつまでも早河さんにくっついていちゃいけない」
今日もバッグにはいつもの巾着袋が入っている。彼女は使い古された猫柄の巾着を加納に見せた。
『なにこれ』
「この巾着はお母さんが作ってくれたものなんです。金平糖が入ってるの。私の御守り」
『御守り?』
「金平糖は有紗の御守りだってお母さんが言っていたんです。今の私にとってはお母さんを思い出せる金平糖は精神安定剤。PTSDってわかりますか?」
加納はああ……と短く返事をして夜空を見上げる。師走の空気が肌に当たって痛い。彼の吐く息は白かった。
『犯罪被害者がなる心の傷……だっけ? もしかしてあんたはそれなの?』
「はい。殺されそうになった記憶がフラッシュバックしたり、お店で倒れた時のように発作が起きて倒れる時もあります。その時に金平糖を食べると落ち着くの」
金平糖の入る巾着袋をバッグに戻し、彼女も白い息を吐いた。ここまで詳しい事情を知るのは友人の奈保や、一部の親しいクラスメートだけ。