早河シリーズ短編集【masquerade】
 加納に告白されてからの1ヶ月の間に少しずつ、少しずつ、彼に対する気持ちに名前がついてくる。本当はもうわかっている。
だけどまだ一歩が踏み出せなくて怖い。

『男の部屋に行くことがどういうことかわかってる? 俺と二人きりになるんだ。襲われても文句言えないぞ』
「わかってます。けど、加納さんはそんなことしないと思います」
『なんで言い切れる?』
「加納さんは私が泣くことは絶対しないでしょ?」

加納は黙って有紗から目をそらした。これは彼が図星の時の癖だと、だんだんわかってきた。

『はぁ……。お前って鈍感なのか鋭いのかわけわかんねぇ。わかった。家に連れてってやる』
「やった! どんな部屋かなぁ」
『言っておくけど古いマンションだし部屋も狭い。有紗が喜びそうなものは何もないからな』
「はぁーい」

 告白されてからも最初はぎこちなく、口数の少ない彼と会話が弾むことは稀だった。今は加納とのひとときを楽しいと感じている。

 運命の出会いはどこに転がっているかわからないと奈保が言っていた。早河との恋愛はありえないと思っていたなぎさが、1年後には早河の隣で幸せな笑顔を浮かべている。

恋愛とはそんなものなのかもしれない。

 加納のバイクの後ろに乗るのも慣れてきた。風を切って街を走るバイクは商業地帯を抜け、やがて右手に大きな建物が見えた。

『ここが俺の大学』
「すっごーい! おっきい! 私が通う短大とは全然違う」

広大な敷地に建つ加納の大学は春から有紗が通う短大とは比べ物にならない規模だ。大学の周りをぐるりと囲む道路を通って住宅街に入る。

 細い道が入り組む地域にはマンションやアパートが点在していた。
やがて加納のバイクが灰色の五階建てマンションの前で停車した。バイクを降りてヘルメットを取った有紗はマンションを見上げる。

『はい、到着』
「このマンションが加納さんの家?」
『そ。バイク置いてくるからそこで待ってて』

マンションの駐輪場にバイクを運ぶ加納を待つ間、有紗はマンションの入り口に並ぶメールボックスを順に見た。五階建てのマンションにはそれぞれの階に1号室から6号室までの部屋がある。
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