早河シリーズ短編集【masquerade】
 寒波の影響で今日はかなり寒い日だった。こんな日は家で温かい飲み物を飲んでゆっくり過ごすデートも悪くない。

(加納さんと会うことをデートと思っちゃってるとこが悔しいけど。デートじゃなかったら何なんだろ……)

告白された男と休日に出掛ける、これは紛れもなくデートだ。悶々と考え込んでいた有紗の頭を加納が小突いた。

『何ボーッとしてるんだ?』
「あっ……えっと……なんでもないです……」

自分達がしていることはデートなのか考えていたとは口が裂けても言えない。有紗は曖昧に笑って誤魔化して、加納と一緒に階段を上がる。
彼の自宅は二階の202号室だった。

『ちょっと待ってて。片付けてくる』

 狭い玄関に有紗を残して加納は先に部屋に入った。玄関を入ってすぐの場所に小さなキッチンがある。

こんなにコンパクトサイズなキッチンを見たのは初めてだった。人形遊びに使うミニチュアのキッチンみたいだ。

『待たせてごめん。……どうぞ』
「お邪魔します」

加納に呼ばれた有紗は嬉々として部屋に上がる。部屋は予想以上に片付いていて綺麗だった。
6畳程度の部屋にはあまり物がなく、家具もテレビと本棚、ベッドと小さなこたつだけだ。

「綺麗に片付いてる! これなら私を待たせなくてもよかったんじゃ……あっ! 見られると困る物を隠していたとか?」
『あー……まぁ……』

 加納の答えは歯切れが悪く、逃げるようにキッチンに行ってしまった。まさか本当に見られてはいけない物を隠していたのかも?
電源を入れたばかりのこたつに両足を入れて有紗は首を傾げる。

「いかがわしいDVDや雑誌とか?」
『声に出てるぞ。それにそんな物ない』

キッチンから顔を出した加納が憮然として言った。有紗は口をつぐみ、代わりに舌をペロッと出した。

『コーヒーでいい? 有紗の好きなキャラメルマキアートは無理だけど味の保証はできる』
「お任せしまーす」
『次は家でキャラメルマキアートできるよう準備しておく』

 加納がまたキッチンに引っ込んだ。彼女はこたつのテーブルに頬杖をついて機嫌良く笑う。

次に来た時はここでキャラメルマキアートを飲ませてくれるようだ。次は、の約束がどんどん増える。有紗の明日に加納の存在があることが当たり前になっていた。

 ふとカーペットに積まれた音楽雑誌が目に留まる。リエット1月号と書かれた音楽雑誌は、なぎさが連載を持っている雑誌で有紗も何度か本屋で立ち読みしたことがある。

山積みになった雑誌の一番上の号を手に取った時、その下にある雑誌ではない書籍が姿を現した。音楽雑誌の山の中でそれだけが見るからに場違いで毛色が違う。
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