早河シリーズ短編集【masquerade】
「これって……」

 こんな物が加納の部屋にあること自体が異様だ。彼女は書籍を胸に抱き抱えた。
どうしたらいい? この気持ちは何?

『有紗はミルク多めがいいだろ? ……どうした?』

 マグカップを二つ持って部屋に戻ってきた加納はすぐに有紗の異変に気付く。背中を丸めてうずくまる有紗の側に置かれた音楽雑誌を見て、彼は状況を察した。

『……見つけちまったか』
「この本……私のために?」

有紗が抱き抱えている本の表紙のタイトルは【PTSDとトラウマ】、PTSDに関する本だ。

『そう。有紗の……心の傷ってやつをちゃんと理解したくて、何かあった時も呼吸法の対応とか俺も知っておこうと思って本買ったりネットで調べてた』

有紗の隣に座り込んだ加納は頬を赤くしてグシャグシャと頭を掻いた。

「遅くまでやってた調べものってこのこと?」
『ああ。そういうことしてるって知られたくなくて隠したのに……』

 独り言を呟く加納はふて腐れてコーヒーをすすっている。そんな彼を愛しく思えるこの気持ちの名前を本当はとっくにわかっていた。

あと一歩が踏み出せなくて勇気が出なくて、でも今やっと、未来への一歩が踏み出せる気がする。

 有紗は本をテーブルに置いて加納に抱き付いた。突然の事態に慌てる加納は抱き付く有紗の背中に恐る恐る触れる。
二人の距離はぎゅっと縮まり、二人の心臓が同時に高鳴る。

「さっき片付けるって言って隠したのは……」
『他にも何冊かあるから』
「ふふっ。まだあるんだ。他の本はどこいったの?」
『……ベッドの下』
「うわぁ! 定番!」

 加納の腕の中から顔を上げ、触れるだけのキスをした。有紗にキスをされた加納は目を見開いて唖然としている。

『今のは……』
「だからこれが私の答え……です」

耳まで赤く染まる勢いで顔が熱い。恥ずかしくて加納と目を合わせられない。

「ありがとう。私のこと沢山考えてくれて、いつも想ってくれて……。最初はめちゃくちゃ嫌な奴って思ってたのに、いつの間にか……その……好きになってたの」

 視線を上げた先には口元を押さえて真っ赤になる加納の姿があった。
ポーカーフェイスの早河とはまるで違う反応の仕方に思わず笑いが溢れる。

 年上のくせに余裕がなくて、不器用で無愛想で口下手、だけど誰より優しいぬくもりを持っている人。

「加納さん顔真っ赤」
『うるせぇ』
「……可愛い」
『バカっ!』

そのままきつく抱き締められる。あったかい、やさしいぬくもり。大好きな彼の体温。

(なぎささんの言ってた通りだ。好きになるのに時間も基準も関係ない)

 最初は無愛想なムカつく男だと思っていたのに、今では彼の腕の中が心地いい、安心できる場所に変わっていた。

「だぁーいすきっ!」

温かくて優しいぬくもりを持つ彼は不器用で口下手なのに甘い、キャラメルマキアートみたいな人だった。



story1.キャラメルマキアート END
→story2.Beloved に続く
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