早河シリーズ短編集【masquerade】
 なぎさが先に螺旋階段を上がり、二階の事務所の鍵穴に鍵を差し込んだ。

「……あれ?」
『どうした?』
「鍵が開いてるの」
『開いてる?』

外から見た事務所の窓に明かりはなく真っ暗だった。矢野は17時に事務所に来ると言っていたが、すでに来ているのなら部屋に明かりがついているはずだ。

早河が目視しただけでは鍵穴にピッキングの痕跡は確認できなかった。だがもしもの場合もある。

『なぎさは下がってろ』
「うん……」

なぎさを後ろに下がらせて、早河は警戒の面持ちでドアノブを回した。早河が事務所の扉を開けた瞬間、パンパンッと大きな音が響いた。

『ハッピーウェディングアーンド、メリークリスマースッ!!』

 ひとりではない複数人の声が四方から飛んだ直後に電気がついた。急に明るくなった眩しさに目をつむって早河となぎさは立ち尽くす。

二人の足元には金と銀のテープや紙吹雪が散らばっていた。早河の頭にも金色のテープが絡み付く。

『矢野……何やってんだ? 何だよその格好』

 目の前にはクラッカーを持った矢野一輝……らしき人物がいた。
矢野だと認識できなかった理由は、彼がサンタクロースの赤いコスチュームを着てサンタ帽を被り、モジャモジャとした白い付け髭を顎にたくわえていたからだ。

『何ってサンタですよっ。見てわかるでしょ』
『だからっ! なんでサンタの服着た矢野がいてしかも玲夏と一ノ瀬さんもいるんだ?』

部屋には矢野の他に、先ほど話題に上がったばかりの元恋人の本庄玲夏と俳優の一ノ瀬蓮もいた。玲夏と蓮は私服だが、蓮の頭にはトナカイの角つきカチューシャがついている。

『イエーイ! 早河さんなぎさちゃん、ご結婚おめでとうございまーす。なぎさちゃんもそんなとこに突っ立ってないでこっち来なよ』

 蓮がなぎさを手招きした。突然の事態に放心していたなぎさは玲夏に手を引かれてソファーに座った。

「玲夏さんも一ノ瀬さんもどうして……」
『一輝くんから、今日二人が婚姻届出しに行くって聞いてたの。ちょうど私と蓮もオフだから皆でお祝いしようと思って」
『せっかくなら内緒にして驚かせてやろうって計画になってね。二人が帰ってくるのを暗ーい部屋で待っていたわけだよ』

玲夏の後を蓮が引き継いで説明する。ようやく状況を理解した早河となぎさにはそれでも疑問が残っていた。

『でもなんで矢野はサンタの格好してるんだよ……一ノ瀬さんまでトナカイの耳つけて』
『仕事バカの早河さんのせいでなぎさちゃんが今年のクリスマスを早河さんと過ごせないしねぇ。ちょっと早いけど、どうせお祝いやるならクリスマスパーティーもドカンと一緒にね。どう? サンタとトナカイ似合う?』

 矢野と蓮が仲良く肩を組んでピースサインを向ける。それを見た早河夫妻は思わず苦笑いを溢すが、結婚を祝うために忙しい中集まってくれた彼らの気持ちが嬉しかった。

『俺としては玲夏のミニスカサンタのコスプレを期待していたんだけど……』
「き、ま、せ、ん! デビューした頃にサンタの衣装は散々着せられたからもう二度と着ません」

蓮の言葉をケーキを運んできた玲夏が遮る。玲夏が持つ箱から出てきたのはイチゴの飾りが載る大きなブッシュドノエルだ。

「わぁ……美味しそう! ブッシュドノエル大好き!」
「良かった。知り合いのパティシエのお店のケーキよ。ここのケーキとっても美味しいの」

 玲夏がブッシュドノエルを切り分け、サンタの服装の矢野が人数分のコーヒーと紅茶を淹れる。
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