早河シリーズ短編集【masquerade】
 パーティー会場となった事務所の応接室のテーブルには写真立ても飾られていた。
写真立てに入る写真になぎさは見覚えがあった。なぎさが中学生の時に家族で花見に行った写真だ。

「お兄ちゃんの写真……」
『一輝がなぎさちゃんの実家に行って借りてきたんだってさ。その写真、なぎさちゃんのお母さんが一番好きな写真らしいよ。お兄さんも妹の結婚を一緒に祝いたいだろうからね』

 まだ幼い顔立ちのなぎさと二十代の香道秋彦が桜を背にして写っている。今日のために実家に行って兄の写真まで借りてきてくれた矢野の心遣いになぎさは涙ぐむ。

早河も香道の写真を見て泣きそうになるのを必死で堪えた。

『では改めて。早河さん、なぎさちゃん、結婚おめでとーう!!』

 矢野がまたクラッカーを鳴らし、事務所のクリスマスツリーのライトを玲夏が点灯する。

『ありがとう』
「ありがとう……ござい……ます」

温かい拍手に包まれてついになぎさの涙腺が決壊した。早河に肩を抱かれたなぎさは大粒の涙を流す。
玲夏が優しくなぎさの髪を撫でてくれ、矢野と蓮も微笑んでいる。天国にいる兄も温かく見守ってくれている気がした。

 皆がケーキを食べ始めた頃に事務所の呼び鈴が鳴る。矢野が先立って開けた扉から現れたのは小山真紀だ。

「ごめんね、少し遅れちゃった」
「真紀さん!」
「なぎさちゃん結婚おめでとう!」

真紀からの祝福のハグに玲夏が加わり、女性も三人となって一段と賑やかになる。
早河となぎさ、矢野と真紀、蓮と玲夏、綺麗に三組のカップルが揃った。

「玲夏さんと一ノ瀬さんの結婚には驚きました。まさかいきなり結婚しちゃうなんて」

 ブッシュドノエルとコーヒーをお供に団欒《だんらん》の時間を過ごしている最中になぎさが呟いた。
蓮と玲夏が気まずそうに目を合わせる。

「まぁ成り行きと言うか……」

普段のハキハキと喋る玲夏には珍しく彼女は曖昧に言葉を濁した。蓮も照れ臭そうにブッシュドノエルを頬張る。

『玲夏とは付き合い長いし今さら恋人として始めるよりは、もう夫婦になっちゃおうかって思って勢いでプロポーズしたんだ。そうしたらまさかのOKで。正直、俺もOKもらえるとは思わなくて驚いたよ』

 蓮と玲夏の電撃結婚に日本中の一ノ瀬蓮ファンの女性がショックを受けたことも話題になった。彼らも先週に婚姻届を提出している。

「玲夏さんも一ノ瀬玲夏さんなんですね。先週の結婚記者会見ばっちり録画してあるんですよ」
「ええっ? なぎさちゃん、記者会見録画してたの?」

 赤面する玲夏は普段はなかなか見ることのできない貴重な顔だ。玲夏の元恋人の早河と玲夏の親友の真紀はなぎさと矢野に記者会見の話をいじられて照れる玲夏を微笑ましく眺めている。

『玲夏もあんな風に照れたりするんだな。俺の前ではあんな顔見せたことないぞ』
「玲夏はいつもはクールですからね。一ノ瀬さんの前だと素が出るみたい」

自分では幸せにしてやれなかった元恋人も今では新しい居場所を見つけて幸せな顔で笑っていた。
< 37 / 221 >

この作品をシェア

pagetop