早河シリーズ短編集【masquerade】
 早河よりも臨床心理士の神明の仮面をつけた貴嶋佑聖を信じたいと思った自分が、どれだけ愚かで幼稚だったか冷静になった今ならわかる。
あの時の早河の悲しそうな顔が忘れられなかった。

(今日は事務所に行くのは止めよう。なぎささんも辛い時だし……)

今は早河となぎさに連絡を取ることも遠慮してしまう。友人を亡くしたなぎさにかける言葉も見つからない。

 午前中に父が仕事に出掛けた。有紗は朝昼兼用のタマゴサンドイッチを作って食べてから、身支度を整えて昼過ぎに家を出た。

 朝は薄曇りだった空にも今は青空が覗いている。カーキ色のモッズコートを羽織って自転車に乗った。

久しぶりの外出にペダルを漕ぐ足も軽くなる。今日は友達と遊ぶ予定はない。ただずっと家に閉じ籠っていた反動で今日は外に出たかった。

父には人の多い場所は禁止されていたが服や化粧品の買い物はしたい。少しの時間なら街に出てもいいだろう。

 自宅の最寄り駅から電車に乗って恵比寿駅に出た。
恵比寿のショップで雑貨や服を見て、ドラッグストアで欲しかったアイシャドウとリップを買えて気分がいい。服もセールで安くなっていたニットとスカートを購入した。

 まだ午後3時。帰る気にはなれない有紗は学校帰りによく立ち寄る恵比寿駅前のカフェに足を向けた。

土曜日の午後のカフェは予想通り混雑していた。レジカウンターには注文に並ぶ人の列ができている。

(げっ……! まーたアイツだ)

カウンターの向こうで注文をとる店員の顔に見覚えがある。病院でなぎさに愚痴っていた例の男だ。

 注文の順番が迫ってきた。今は二人組の女性客が注文をしている。次が有紗だ。
女性客は何にしようかメニュー表を見てあれこれ相談しているが、今日もいつものキャラメルマキアートを頼む予定の有紗は注文で迷うことはない。

ようやく女性客が注文を済ませて有紗の番になった。例の店員は有紗を見てもいらっしゃいませの一言も言わない。

(店員として愛想がないってどうなのよ? いらっしゃいませくらい言いなさいよ! 他のお客さんには言ってるくせに!)

 男の年齢は二十代前半、おそらく大学生だろう。サブカル風の外見だけ見ればイケてる部類に入るであろうこの男はとにかく愛想がない。

仏頂面、無愛想、素っ気ない、どれだけ言葉を並べても足りないほど愛想というものが欠落している。それも有紗にだけ仏頂面なのだ。

「ホットのキャラメルマキアート、Sサイズで」
『350円になります』

今日も変わらず男は素っ気ない。別にニコニコして欲しくもないが、自分にだけ愛想がないと言うのも気に入らない。
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