早河シリーズ短編集【masquerade】
「やっと見つけた」
小田切の真後ろに女が立っていた。ベージュのコートとニット帽に茶髪ボブ。東京から早河達と同じバスに乗ってきたあの女だ。
女の手にはナイフが握られ、刃先は小田切に向いていた。
「昨日はあの後巻かれちゃって宿まで探せなかったのよね。ふうん。こーんないい宿に泊まってたんだ?」
『穂乃花……』
女を見た小田切の顔から血の気が引く。小田切夫人もナイフを見て息を呑んだ。
「あの人バスターミナルの……」
『当たって欲しくない予感ほど、ホントによく当たるなぁ……』
溜息をついて早河は周囲を見回す。旅館の仲居やスタッフ達もこの状況にどうしたらいいのかわからず狼狽えている。
どこまでもトラブル続きの新婚旅行だ。
『万が一ってこともあるし、すぐに警察を呼ぶように仲居さんに伝えて』
「わかった」
女の視線は小田切だけに向いている。なぎさは近くにいた仲居に早河の指示を伝えた。
「昨日も奥さんとは別れる、これが最後の旅行だって言ったよね? 奥さんに別れ話はしたの?」
『それは……』
小田切はバツの悪い顔で隣の妻を一瞥する。小田切夫人は怒りの形相で夫に詰め寄った。
「やっぱり昨日私を置いて女と会っていたのね。別れ話ってどういうこと?」
『紗智、誤解だ。それは穂乃花を黙らせるための……』
「黙らせる? 奥さんと別れるって言えば私が黙ると思った?」
小田切の軽率な発言は二人の女の怒りに火をつけ、泥沼の事態に陥っていた。
穂乃花と呼ばれた女は土足でロビーに上がり込む。近くの派出所から二名の警官が駆け付け、旅館スタッフはロビーにいる宿泊客を避難させている。
「奥さんと別れて私と結婚してくれるって言ったじゃないっ! あれも嘘なの?」
『落ち着け……ゆっくり話そう』
逃げ腰の小田切は妻の後ろに逃れようとする。小田切夫人も顔は青ざめているが小田切に比べれば気丈なもので、それが余計に女の怒りを煽ってしまった。
「馬鹿にしないでよ! あなたの言うことは全部嘘。殺してやる! あなたを殺した後に私も死んでやる!」
金切り声が響いて女がナイフを振り下ろした。妻の後ろに隠れていた小田切の腕に刃先が当たって小田切が腕を押さえて尻餅をついた。
血を見てあわてふためく小田切と暴れる女によって、床に置かれた小田切夫妻の土産物の袋が蹴り飛ばされ、中に入れた土産物が散乱する。
小田切の真後ろに女が立っていた。ベージュのコートとニット帽に茶髪ボブ。東京から早河達と同じバスに乗ってきたあの女だ。
女の手にはナイフが握られ、刃先は小田切に向いていた。
「昨日はあの後巻かれちゃって宿まで探せなかったのよね。ふうん。こーんないい宿に泊まってたんだ?」
『穂乃花……』
女を見た小田切の顔から血の気が引く。小田切夫人もナイフを見て息を呑んだ。
「あの人バスターミナルの……」
『当たって欲しくない予感ほど、ホントによく当たるなぁ……』
溜息をついて早河は周囲を見回す。旅館の仲居やスタッフ達もこの状況にどうしたらいいのかわからず狼狽えている。
どこまでもトラブル続きの新婚旅行だ。
『万が一ってこともあるし、すぐに警察を呼ぶように仲居さんに伝えて』
「わかった」
女の視線は小田切だけに向いている。なぎさは近くにいた仲居に早河の指示を伝えた。
「昨日も奥さんとは別れる、これが最後の旅行だって言ったよね? 奥さんに別れ話はしたの?」
『それは……』
小田切はバツの悪い顔で隣の妻を一瞥する。小田切夫人は怒りの形相で夫に詰め寄った。
「やっぱり昨日私を置いて女と会っていたのね。別れ話ってどういうこと?」
『紗智、誤解だ。それは穂乃花を黙らせるための……』
「黙らせる? 奥さんと別れるって言えば私が黙ると思った?」
小田切の軽率な発言は二人の女の怒りに火をつけ、泥沼の事態に陥っていた。
穂乃花と呼ばれた女は土足でロビーに上がり込む。近くの派出所から二名の警官が駆け付け、旅館スタッフはロビーにいる宿泊客を避難させている。
「奥さんと別れて私と結婚してくれるって言ったじゃないっ! あれも嘘なの?」
『落ち着け……ゆっくり話そう』
逃げ腰の小田切は妻の後ろに逃れようとする。小田切夫人も顔は青ざめているが小田切に比べれば気丈なもので、それが余計に女の怒りを煽ってしまった。
「馬鹿にしないでよ! あなたの言うことは全部嘘。殺してやる! あなたを殺した後に私も死んでやる!」
金切り声が響いて女がナイフを振り下ろした。妻の後ろに隠れていた小田切の腕に刃先が当たって小田切が腕を押さえて尻餅をついた。
血を見てあわてふためく小田切と暴れる女によって、床に置かれた小田切夫妻の土産物の袋が蹴り飛ばされ、中に入れた土産物が散乱する。