早河シリーズ短編集【masquerade】
「離婚を考える時にどうしても、子どもの存在でみんな足踏みしてしまうらしいの。友人を見ていても離婚を決めても子どもがいれば親権や養育費の問題……片親だけで育てていけるか不安になったりして、やっぱり離婚は止めようと思ってしまうみたい。だけど私達には足踏みする理由の子どももいない。離婚しても自分ひとりが生活できる稼ぎさえあればいいの。子どものいる世帯に比べれば楽なものよ。もっと早くに離婚を決めればよかった」

 彼女の話を聞くことしかなぎさにはできない。小田切を愛していた時はあんなに憎らしかった小田切の妻のことを、今は応援したかった。

「私これでもまだ39歳なのよ。まだまだこれからよね。あんな浮気癖のあるダメ男は捨ててもっとイイ人を見つければいいのよね」
「紗智さんならこれからきっと、いい出会いがあります」
「ありがとう。なぎささん」

 それはお世辞ではなく、なぎさの願い。
彼女が今度こそ、“さち”ある人生が送れますようにと……。

 警官と話を終えた早河が戻ってきた。警官が今度は夫人に話を聞きたいようだ。

「こんな茶番に付き合わせてしまってごめんなさい。お二人は旅行を楽しんで来てね。本当にありがとうございました」

 夫人に見送られて早河となぎさは旅館を出た。出発が予定より1時間遅れてしまったがようやく二人だけの時間が訪れた。

「奥さん、離婚決めた途端に雰囲気変わったよね」
『覚悟を決めた女は強いな』

 西の河原公園方面を散策する。道路や木々を染める白い雪に青い空、先刻の騒動もあり、自然の色彩に心が洗われる。

『さっきの女、俺達の推測通り奥さんと旅行する小田切を追いかけて来たと言っていた』
「バスターミナルで会った時から何かあるとは思ってたけど、ドンピシャだったね。でも私も仁くんと出会えてなかったらあの人と同じことしてたかもしれないって思ったよ」

なぎさは繋いだ早河の手を握り直して彼に寄り添った。

「私は仁くんと出会えたから今とっても幸せ」
『俺も。なぎさと出会えたから幸せだ』

 当たり前のことなど何ひとつない。誰もが明日が来る保証はどこにもない。

手を離して別れの言葉を告げれば、それが最後の別れになるかもしれない。二度と会えなくなるかもしれない。
だから本当に手を離してはいけない人とは、こうしてしっかり手を繋いでいよう。

 君に出会えて、あなたに出会えて、幸せです。これからもずっと末永く。
よろしくね。


        *

 それから1ヶ月後のある日、早河探偵事務所に一通の手紙が届いた。
差出人の名前は根本紗智、あの小田切の元妻からの小田切との離婚の報告と早河となぎさへのお礼の手紙だった。

今度こそ、彼女にも幸《さち》ある人生を。



story2.Beloved END
→story3.不夜城ピエロ に続く
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