早河シリーズ短編集【masquerade】
重厚な扉を押し開けて中に入った。店内は控えめな外観とはうってかわって華やかで煌びやか。大きな花瓶にはカサブランカが生けられていた。
「いらっしゃいませ」
このタイミングで矢野が来ることを予期していたかのように顔馴染みのホステス、ミレイが現れた。今夜のミレイはサファイアブルーのマーメイドドレスだった。
『ミレイちゃんひっさしぶりー。今日も可愛いね』
「ふふっ。矢野さんは今日もチャラいですねぇ」
ミレイと腕を組んで席に案内される。矢野が案内された席は店内の最奥。他の客からはこちらの様子が見えにくい、いわゆるVIP席だ。
『化粧変えた? 前と雰囲気違うし髪も少し短くなってる』
「気付いてくれたの矢野さんだけですよー。ミレイ大人化計画中なの」
手際よく矢野の水割りを作る彼女のネイルも以前はピンク系の可愛らしいデザインが多かったが、今のミレイの爪はベージュベースにシルバーやパールを合わせていた。
『大人化計画?』
「失恋を機に大人めにシフトしようかと思って。いつまでも早河さん追いかけていても仕方ないもの」
ミレイが早河に片想いしていたことは矢野も周知だ。その早河はなぎさと結婚してしまった。
『あれで早河さんモテるんだよなぁ。顔がいいからか?』
「顔も最高だけど、早河さんはあの飄々とした一匹狼みたいなオーラがたまらなくカッコいいのよ。私の他にも早河さんが結婚して泣いてる女の子たくさんいるんじゃない? はい、乾杯」
飄々とした一匹狼のたとえは確かにわからなくもない。矢野も早河のそんな一面に憧れているひとりだ。
矢野のグラスとミレイのグラスが軽く触れ合う。どの店で飲む水割りよりも、この場所でミレイが作る水割りが一番だ。
「だけど矢野さんも結婚しちゃうでしょ? あーあ。イケメンはみーんな結婚しちゃって寂しくなるなぁ」
『結婚してもここには来るよ。ミレイちゃんに会いに』
「そんなこと言っていいのぉ? 奥さん妬いちゃうよ? ミレイは矢野さんのことだって、いいなぁって狙ってたんだから。今度は矢野さんに恋しちゃおうかな」
ホステスから飛び出す台詞はどこまでがリップサービスでどこからが本気か見極めは難しい。しかし安易にベタベタと体に触れないミレイの洗練された所作は、さすが銀座の一流クラブのホステスだ。
「奥さんは矢野さんがここに出入りしてること知ってるの?」
『まだ奥さんじゃないって。んー……知らないと思う。俺は話してないし早河さんもこういうことは言わないだろうから』
「じゃあママのことも?」
矢野は微笑して脚を組んだ。店内に煌めくシャンデリア、カサブランカの花、赤紫のカーペット、すべてが見慣れた風景だ。
「そろそろママ呼んでくるね」
矢野の雰囲気を察したミレイが席を辞す。ミレイの場の空気を読む能力は他のホステスよりも秀でている。いずれはこの店か、どこか別の店を任せられるようになるかもしれない。
「いらっしゃいませ」
このタイミングで矢野が来ることを予期していたかのように顔馴染みのホステス、ミレイが現れた。今夜のミレイはサファイアブルーのマーメイドドレスだった。
『ミレイちゃんひっさしぶりー。今日も可愛いね』
「ふふっ。矢野さんは今日もチャラいですねぇ」
ミレイと腕を組んで席に案内される。矢野が案内された席は店内の最奥。他の客からはこちらの様子が見えにくい、いわゆるVIP席だ。
『化粧変えた? 前と雰囲気違うし髪も少し短くなってる』
「気付いてくれたの矢野さんだけですよー。ミレイ大人化計画中なの」
手際よく矢野の水割りを作る彼女のネイルも以前はピンク系の可愛らしいデザインが多かったが、今のミレイの爪はベージュベースにシルバーやパールを合わせていた。
『大人化計画?』
「失恋を機に大人めにシフトしようかと思って。いつまでも早河さん追いかけていても仕方ないもの」
ミレイが早河に片想いしていたことは矢野も周知だ。その早河はなぎさと結婚してしまった。
『あれで早河さんモテるんだよなぁ。顔がいいからか?』
「顔も最高だけど、早河さんはあの飄々とした一匹狼みたいなオーラがたまらなくカッコいいのよ。私の他にも早河さんが結婚して泣いてる女の子たくさんいるんじゃない? はい、乾杯」
飄々とした一匹狼のたとえは確かにわからなくもない。矢野も早河のそんな一面に憧れているひとりだ。
矢野のグラスとミレイのグラスが軽く触れ合う。どの店で飲む水割りよりも、この場所でミレイが作る水割りが一番だ。
「だけど矢野さんも結婚しちゃうでしょ? あーあ。イケメンはみーんな結婚しちゃって寂しくなるなぁ」
『結婚してもここには来るよ。ミレイちゃんに会いに』
「そんなこと言っていいのぉ? 奥さん妬いちゃうよ? ミレイは矢野さんのことだって、いいなぁって狙ってたんだから。今度は矢野さんに恋しちゃおうかな」
ホステスから飛び出す台詞はどこまでがリップサービスでどこからが本気か見極めは難しい。しかし安易にベタベタと体に触れないミレイの洗練された所作は、さすが銀座の一流クラブのホステスだ。
「奥さんは矢野さんがここに出入りしてること知ってるの?」
『まだ奥さんじゃないって。んー……知らないと思う。俺は話してないし早河さんもこういうことは言わないだろうから』
「じゃあママのことも?」
矢野は微笑して脚を組んだ。店内に煌めくシャンデリア、カサブランカの花、赤紫のカーペット、すべてが見慣れた風景だ。
「そろそろママ呼んでくるね」
矢野の雰囲気を察したミレイが席を辞す。ミレイの場の空気を読む能力は他のホステスよりも秀でている。いずれはこの店か、どこか別の店を任せられるようになるかもしれない。