早河シリーズ短編集【masquerade】
店を彩るカサブランカの花と同じ白い着物を着こなした女が、赤紫のカーペットを歩いてくる。矢野は組んでいた脚を元に戻して女から顔を背けた。
「遅かったじゃない」
『これでも早く来たつもり。メール1本で呼びつけて遅かったとはあんまりだな』
ミレイがいた場所に彼女が座ると、彼女が纏う和風の香りがふわりと薫る。京都から取り寄せている源氏物語をモチーフにしたコロンは彼女の愛用品だ。
矢野が影で女王蜂と呼ぶ彼女の名前はサユリ。彼女の異名は銀座の女帝や夜の胡蝶などと言われているが、矢野にとっては昔からサユリは女王蜂だ。
『何の用?』
「用がないと呼び出しちゃいけない?」
『俺だってそんなに暇じゃねぇよ』
母親と反抗期の息子のような会話を繰り返す。サユリは着物の袖で口元を隠して品よく笑った。
「いつになったらあなたの婚約者と会わせてくれるのかしら?」
『なんで真紀をサユリに会わせなくちゃならねぇんだ?』
この店でサユリを呼び捨てにできる人間は矢野だけだ。他の客が聞けば仰天するやりとりだろう。
「あなたが惚れぬいて結婚を決めた相手がどんな女か興味があるだけよ」
『真紀は見世物じゃねぇよ』
またサユリが笑った。彼女のペースにハマると最後まで抜け出せなくなる。昔からそうだ。
「ますます興味が出てきた。せめて結婚式の写真くらいは見せなさいね」
『俺が見せなくても爺さんが見せるだろ。用ってそれだけ? すぐ来いって呼び出しておいてネタのひとつもないのかよ』
不貞腐れて矢野はサユリが作った水割りを飲み干した。今日はここに来る前にカジノバーの安い酒を接種している。ここで飲み過ぎると悪酔いしそうだ。
「あなたの顔が見たくなっただけ。電話だけじゃなくて、たまには顔を見てゆっくり話したいじゃない?」
『子離れできない親じゃあるまいし……』
ぶつくさ言いつつサユリの話し相手をしてしまう。確かに電話以外でサユリと話をするのは久しぶりだった。
サユリは伯父の愛人。矢野がサユリと知り合った時には、すでに彼女は夜の世界に君臨していた。
伯父の愛人の店に当たり前に出入りして当たり前に彼女を呼び捨てで呼ぶ。
「遅かったじゃない」
『これでも早く来たつもり。メール1本で呼びつけて遅かったとはあんまりだな』
ミレイがいた場所に彼女が座ると、彼女が纏う和風の香りがふわりと薫る。京都から取り寄せている源氏物語をモチーフにしたコロンは彼女の愛用品だ。
矢野が影で女王蜂と呼ぶ彼女の名前はサユリ。彼女の異名は銀座の女帝や夜の胡蝶などと言われているが、矢野にとっては昔からサユリは女王蜂だ。
『何の用?』
「用がないと呼び出しちゃいけない?」
『俺だってそんなに暇じゃねぇよ』
母親と反抗期の息子のような会話を繰り返す。サユリは着物の袖で口元を隠して品よく笑った。
「いつになったらあなたの婚約者と会わせてくれるのかしら?」
『なんで真紀をサユリに会わせなくちゃならねぇんだ?』
この店でサユリを呼び捨てにできる人間は矢野だけだ。他の客が聞けば仰天するやりとりだろう。
「あなたが惚れぬいて結婚を決めた相手がどんな女か興味があるだけよ」
『真紀は見世物じゃねぇよ』
またサユリが笑った。彼女のペースにハマると最後まで抜け出せなくなる。昔からそうだ。
「ますます興味が出てきた。せめて結婚式の写真くらいは見せなさいね」
『俺が見せなくても爺さんが見せるだろ。用ってそれだけ? すぐ来いって呼び出しておいてネタのひとつもないのかよ』
不貞腐れて矢野はサユリが作った水割りを飲み干した。今日はここに来る前にカジノバーの安い酒を接種している。ここで飲み過ぎると悪酔いしそうだ。
「あなたの顔が見たくなっただけ。電話だけじゃなくて、たまには顔を見てゆっくり話したいじゃない?」
『子離れできない親じゃあるまいし……』
ぶつくさ言いつつサユリの話し相手をしてしまう。確かに電話以外でサユリと話をするのは久しぶりだった。
サユリは伯父の愛人。矢野がサユリと知り合った時には、すでに彼女は夜の世界に君臨していた。
伯父の愛人の店に当たり前に出入りして当たり前に彼女を呼び捨てで呼ぶ。