国一冷徹の皇子と結婚した不運令嬢は、神木とともに魔術を極めて皇子を援護する
第一章
始まり
あるところに、貧乏貴族がおりました。そこに生まれし令嬢、両親に似て三百六十度どこから見ても見惚れる美人に成長しましたが、この一族には誰もが同情する呪いがありました。
それは超絶不運。
人生に一度きりではありますが、一度で人生を棒に振る程の不運に見舞われるのです。たとえば父親は土地の権利書を落とし、屋敷以外の土地全てを奪われる。父の弟は他国でスパイ容疑をかけられ監獄され、容疑が晴れたのは処刑直前の一年後でした。命からがら帰国し、現在は絶賛引きこもり中です。
この不運は貴族の姓であるローリアスを持つ者に限られ、母のように後から姓を名乗ることになった人間には適用されません。また、人生最大の不運を受ける前に姓を捨てる場合も同様です。そのため、この一族は娘が生まれた場合、早く誰かと結婚させようと娘の許嫁探しに意欲を燃やすのでした。
「メアリ! メアリ!」
メアリ・ローリアスが庭で花に水をやっていると、屋敷から父の声が聴こえてきました。メアリが立ち上がり、それに反応します。
「ここです。お父様」
「ああ、よかった」
父が庭に顔を出す。その手に持たれた紙を見て、メアリは小さく息を吐いた。
「もしかして、許嫁のお話ですか」
「そうだ。この人はどうだ? 見た目は地味だが、家柄は申し分無い」
「ううん……」
見せられた紙には、メアリより一回りは年上の男が描かれていた。メアリが迷いながらも父に言う。
「メアリにはまだ早いです。申し訳ありませんが、お話は無かったことにしてください」
「何故だ。十歳の時に許嫁を決めようとしてからずっとこの調子、これでは行き遅れてしまうよ」
「まだ十六です」
「もう十六だ。十八までには結婚してほしい」
はっきり言って、メアリは結婚に興味などない。幼い頃から父に許嫁許嫁と言われ続け、興味どろころかむしろ嫌いになってしまった。それでも、勝手に親同士で決めないところは優しいと思う。
父がメアリの肩にそっと手を置く。
「メアリ。ローリアス家から出て姓を変えれば呪いは無くなる。だから、大不運が起こる前に結婚すべきなのだ。父の我儘だと思って、少し考えてもらえないか」
「お父様……」
父の想いが分かるからこそ迷っている。父は大不運により財産のほとんどを失ってしまった。叔父は処刑寸前まで行った。つまり、命に関わる程の不運だ。娘をそこから遠ざけたいのも親心である。
確かに不運は怖い。しかし、せめてあと二年、この馴染んだ家で過ごしたいと思う。
「分かりました。十八までには必ず結婚します。許嫁探しも続けてくださって結構です」
「ありがとうメアリ!」
「ただ、なるべく年が近い方を望みます。せめて五歳差までだと嬉しいです。あまり離れていると、子どもの私ではお話の相手にもなれないので」
「そうかそうか。うん、メアリの希望は出来る限り聞こう。ではさっそく、週末一緒にスオン家主催のパーティーに顔を出そう。噂では王族の方々もいらっしゃるそうだよ」
「はい」
王族など雲の上の人間とは顔を合わせることもないだろうが、パーティーなら楽しそうだ。それにしても、さすがはローリアス家より身分が上の貴族であるスオン家。パーティー一つに王族を呼んでしまうとは。
「では、週末は予定を空けておくように」
「分かりました」
満足気に父が去っていく。メアリは花の世話を終え、一人屋敷の外に出た。
もう時間稼ぎは出来なさそうだ。ぎりぎりまでこの家にいたいと思っている。早く結婚させようと思っているのも、父が自分を想ってくれているからだ。
許嫁が決まってしまえば、こうして一人自由に歩き回ることも難しくなるかもしれない。今の生活からかけ離れていないところへ嫁ぐことが出来ればいいのだが。
「あら、メアリ様。いってらっしゃいませ」
「いってきます」
屋敷の外を掃除しているメイドに挨拶をする。メイドは現在三人しかいない。屋敷以外の土地を失ったローリアス家では三人雇うので精一杯になってしまった。三人だけで屋敷の掃除をしてくれている彼女たちには頭の下がる思いである。
「さて、お花屋さんでも見に行こうかしら」
花屋には、花はもちろん、花の種も置いてある。庭で花を育てるのが好きなので、たまにこうして足を運んで珍しい種がないか探すのがメアリの趣味だった。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
花屋の主人がにこやかにメアリを歓迎した。常連なので、昔からの顔見知りだ。花たちを眺めてから、奥にある種を興味深く見つめた。
「メアリ様、そちらは昨日入荷したばかりの種で御座います」
「本当ですか? それなら、一つ頂きます」
「有難う御座います」
あまり贅沢は出来ないが、種であれば安いので新しいのを見かけては買っている。メアリの唯一の趣味だ。
満足顔で花屋を出たところで、一台の馬車と出くわした。
「あら? 停めてくださいまし」
中から声がして、メアリの前で馬車が停まる。メアリが驚いていると、扉が開き、メアリと同年代の令嬢が降りてきた。
「まあ、まあまあ! なんということでしょう!」
「どうかなさいましたか?」
令嬢がメアリを見て嬉々とした声を上げた。はて、自分は目の前の令嬢に見覚えがない。しかし、万が一どこかで出会っていたとして、こちらが覚えていないことを知られたら大変なことになる。なにせこちらは貧乏貴族、これ以上貧乏になったら両親に迷惑が掛かってしまう。
メアリを距離ゼロセンチで観察してくる令嬢を黙って見守る。少々おかしな行動だが、令嬢は始終上機嫌なので、このまま言いなりになっておけば問題無いだろう。
満足行ったらしい令嬢がメアリに問いかけた。
「私はリリア・スオンです。貴方のお名前をお伺いしてもよろしくて?」
「失礼しました。私はメアリ・ローリアスと申します」
どうやらはじめましてだったらしい。内心安心しつつ、先に名乗らなかったことを謝罪して名を告げた。そこではたと気付く。
──今、スオンと言われた気がする。
スオン家はつい先ほど父から聞いた、ローリアスより格上の貴族である。さらに週末そこへ行く予定もある。ここは上機嫌のまま帰ってもらわなければ。
「メアリと言うのね。良い名前だわ」
「恐縮で御座います。リリア様も素敵なお名前で御座います」
お互いににこやかな笑顔で見つめ合っていたら、両肩をがっしり掴まれた。
「ねえ、メアリ」
「はい」
「私の妹になりませんこと?」
「はい?」
それは超絶不運。
人生に一度きりではありますが、一度で人生を棒に振る程の不運に見舞われるのです。たとえば父親は土地の権利書を落とし、屋敷以外の土地全てを奪われる。父の弟は他国でスパイ容疑をかけられ監獄され、容疑が晴れたのは処刑直前の一年後でした。命からがら帰国し、現在は絶賛引きこもり中です。
この不運は貴族の姓であるローリアスを持つ者に限られ、母のように後から姓を名乗ることになった人間には適用されません。また、人生最大の不運を受ける前に姓を捨てる場合も同様です。そのため、この一族は娘が生まれた場合、早く誰かと結婚させようと娘の許嫁探しに意欲を燃やすのでした。
「メアリ! メアリ!」
メアリ・ローリアスが庭で花に水をやっていると、屋敷から父の声が聴こえてきました。メアリが立ち上がり、それに反応します。
「ここです。お父様」
「ああ、よかった」
父が庭に顔を出す。その手に持たれた紙を見て、メアリは小さく息を吐いた。
「もしかして、許嫁のお話ですか」
「そうだ。この人はどうだ? 見た目は地味だが、家柄は申し分無い」
「ううん……」
見せられた紙には、メアリより一回りは年上の男が描かれていた。メアリが迷いながらも父に言う。
「メアリにはまだ早いです。申し訳ありませんが、お話は無かったことにしてください」
「何故だ。十歳の時に許嫁を決めようとしてからずっとこの調子、これでは行き遅れてしまうよ」
「まだ十六です」
「もう十六だ。十八までには結婚してほしい」
はっきり言って、メアリは結婚に興味などない。幼い頃から父に許嫁許嫁と言われ続け、興味どろころかむしろ嫌いになってしまった。それでも、勝手に親同士で決めないところは優しいと思う。
父がメアリの肩にそっと手を置く。
「メアリ。ローリアス家から出て姓を変えれば呪いは無くなる。だから、大不運が起こる前に結婚すべきなのだ。父の我儘だと思って、少し考えてもらえないか」
「お父様……」
父の想いが分かるからこそ迷っている。父は大不運により財産のほとんどを失ってしまった。叔父は処刑寸前まで行った。つまり、命に関わる程の不運だ。娘をそこから遠ざけたいのも親心である。
確かに不運は怖い。しかし、せめてあと二年、この馴染んだ家で過ごしたいと思う。
「分かりました。十八までには必ず結婚します。許嫁探しも続けてくださって結構です」
「ありがとうメアリ!」
「ただ、なるべく年が近い方を望みます。せめて五歳差までだと嬉しいです。あまり離れていると、子どもの私ではお話の相手にもなれないので」
「そうかそうか。うん、メアリの希望は出来る限り聞こう。ではさっそく、週末一緒にスオン家主催のパーティーに顔を出そう。噂では王族の方々もいらっしゃるそうだよ」
「はい」
王族など雲の上の人間とは顔を合わせることもないだろうが、パーティーなら楽しそうだ。それにしても、さすがはローリアス家より身分が上の貴族であるスオン家。パーティー一つに王族を呼んでしまうとは。
「では、週末は予定を空けておくように」
「分かりました」
満足気に父が去っていく。メアリは花の世話を終え、一人屋敷の外に出た。
もう時間稼ぎは出来なさそうだ。ぎりぎりまでこの家にいたいと思っている。早く結婚させようと思っているのも、父が自分を想ってくれているからだ。
許嫁が決まってしまえば、こうして一人自由に歩き回ることも難しくなるかもしれない。今の生活からかけ離れていないところへ嫁ぐことが出来ればいいのだが。
「あら、メアリ様。いってらっしゃいませ」
「いってきます」
屋敷の外を掃除しているメイドに挨拶をする。メイドは現在三人しかいない。屋敷以外の土地を失ったローリアス家では三人雇うので精一杯になってしまった。三人だけで屋敷の掃除をしてくれている彼女たちには頭の下がる思いである。
「さて、お花屋さんでも見に行こうかしら」
花屋には、花はもちろん、花の種も置いてある。庭で花を育てるのが好きなので、たまにこうして足を運んで珍しい種がないか探すのがメアリの趣味だった。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
花屋の主人がにこやかにメアリを歓迎した。常連なので、昔からの顔見知りだ。花たちを眺めてから、奥にある種を興味深く見つめた。
「メアリ様、そちらは昨日入荷したばかりの種で御座います」
「本当ですか? それなら、一つ頂きます」
「有難う御座います」
あまり贅沢は出来ないが、種であれば安いので新しいのを見かけては買っている。メアリの唯一の趣味だ。
満足顔で花屋を出たところで、一台の馬車と出くわした。
「あら? 停めてくださいまし」
中から声がして、メアリの前で馬車が停まる。メアリが驚いていると、扉が開き、メアリと同年代の令嬢が降りてきた。
「まあ、まあまあ! なんということでしょう!」
「どうかなさいましたか?」
令嬢がメアリを見て嬉々とした声を上げた。はて、自分は目の前の令嬢に見覚えがない。しかし、万が一どこかで出会っていたとして、こちらが覚えていないことを知られたら大変なことになる。なにせこちらは貧乏貴族、これ以上貧乏になったら両親に迷惑が掛かってしまう。
メアリを距離ゼロセンチで観察してくる令嬢を黙って見守る。少々おかしな行動だが、令嬢は始終上機嫌なので、このまま言いなりになっておけば問題無いだろう。
満足行ったらしい令嬢がメアリに問いかけた。
「私はリリア・スオンです。貴方のお名前をお伺いしてもよろしくて?」
「失礼しました。私はメアリ・ローリアスと申します」
どうやらはじめましてだったらしい。内心安心しつつ、先に名乗らなかったことを謝罪して名を告げた。そこではたと気付く。
──今、スオンと言われた気がする。
スオン家はつい先ほど父から聞いた、ローリアスより格上の貴族である。さらに週末そこへ行く予定もある。ここは上機嫌のまま帰ってもらわなければ。
「メアリと言うのね。良い名前だわ」
「恐縮で御座います。リリア様も素敵なお名前で御座います」
お互いににこやかな笑顔で見つめ合っていたら、両肩をがっしり掴まれた。
「ねえ、メアリ」
「はい」
「私の妹になりませんこと?」
「はい?」
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