国一冷徹の皇子と結婚した不運令嬢は、神木とともに魔術を極めて皇子を援護する
第二章
妃修行
「お父様、お母様。このたびは私の不注意でご迷惑をおかけして申し訳ありません」
スオン家からローリアス家に帰宅早々、メアリは両親に頭を下げた。ロインが皆の知らぬところで話を進めたとしても、最初のきっかけはメアリがはっきりとしないまま動いてしまったことだ。元々の元凶は自分にある。両親が慌てて頭を上げさせる。
「誰が原因でもない。そう言うなら、私たちにも原因がある」
「そうよ。もうここまで決まったのだから、あとはメアリが幸福である道を探しましょう」
いつでも優しい両親に、我慢してきた涙が溢れる。ここを離れたら、こうして泣くことも出来なくなる。今のうちに子どもを満喫しよう。
「それに、ロイン様からは特に何もされていないのでしょう?」
「はい。言い方は冷たいですが、他には特に」
「それならば、未来の皇妃として立場は保証されているし、悪くされないのかもしれません」
不幸中の幸いとでも言うべきか。そこはメアリも安心していた。
「ローリアス家長女として、お二人が安心出来るよう精一杯これからも生きていきます」
ドレスを広げ、二人に宣言する。すると、二人が大粒の涙を流し始めた。父の涙は初めて見た。メアリも泣いた。
その日から、花嫁修業ならぬ妃修行が始まった。ローリアス家は辺境に位置する貴族で身分も高くないため、王族のことはもちろん、王都の状況すらよく知らなかった。スオン家に一日置きに通ってはカリス国の歴史や現在の王族の名前などを学ぶ日々。屋敷に帰っても復習。メアリは一週間で頭がパンクしそうだった。テーブルに顔を付け、長い息を吐く。
「うう……何か話すだけで、覚えた言葉が抜けていきそうです」
「ご苦労様」
「リリィ様!」
休憩中、勉強部屋で独り言を言ったつもりが、ドアのところにいたリリィに聞かれてしまった。
「ごめんなさい。いちおうノックはしたのだけれど」
「いいえ、聞いていなかった私が悪いので」
慌てて上半身を起こすと、テーブルにカップとお菓子が置かれた。
「休憩だって聞いたから」
「有難う御座います」
リリィも自分の分を用意しており、ここで休憩を取るらしかった。
「大変ね」
「はい。でも、必要なことですから」
「気負わなくて結構でしてよ。少しずつ覚えていけばいいのだから」
リリィはメアリを本当の妹として心配し、励ましてくれている。この人も一緒なら、王族に嫁ぐのも悪くないかもしれない。
「分からないのなら、自分から連絡をしろ」
そんなある日、ロインが手紙を持ってやってきた。約束も無しにいきなりやってきたものだから、スオン家は大慌てで出迎えた。それなのに、ロインは手紙をメアリに押し付けると、それだけ言って帰ってしまった。何を言われているとすぐには理解出来なかった。
手紙を開けて初めて、その言葉が日取りについてだったことを知った。言葉が足りなさすぎる。隣でリリィが小さく唸った。ロインにイラついたらしい。そういえば、彼女は彼が嫌で弟の方と婚約したのだった。
「言い方というものがあるのではなくて!? メアリ、嫌になったら婚約破棄してしまいなさい」
「それはスオン家にご迷惑がかかります。私は気にしていませんので」
「イイコッ!!」
リリィとジュークの式はまだ決まっていない。こちらが先に行うとしたら、その時がしばしの別れとなる。
「それで、いつが式なの?」
「ええと……一か月後、です」
「早くなくて!?」
リリィの言う通りだ。まだメアリとロインは知り合って二週間程しか経っていない。つまり、初対面から一か月半で夫婦になれということである。かなり厳しい。ロイン側も不安は無いのだろうか。
「大変だわッお母様、お母様~~!」
手紙をメアリから借りたリリィが、リリィの母の元へ走った。走る彼女を初めて見た。それだけ急ぎの案件ということだ。メアリは青ざめた。
「ということは、あと一か月で修行を終えなければならないということでは……!!」
──無理!!!
すでに挫折しそうなのに、期限がすぐそこまで差し迫っていることが判明してしまった。メアリもリリィを追いかける。
「リリィ様! メアリに特別課題を出すよう先生にお願いしてください!」
宿題を沢山出されて追い込まれれば出来るはず、きっと。メアリはそう判断した。両親に相談していたリリィがメアリに振り返りウインクする。
「任されましたわよ!」
メアリは頑張った。それはもう、一生分の頭を使うくらい頑張った。おかげで、半月でだいたいの歴史を把握した。王族の顔は後々覚えるしかない。よたよたふらつきながら、スオン家の庭に出る。久々の花々とのふれあいだ。
「こんにちは」
水やりをしながら花に話しかける。すると、花も緩やかに揺れてメアリに答えた。
『こんにちは』
「ふふ」
簡単な言葉しか分からないが、地属性の魔力を持つメアリは草花の感情を読み取ることが出来る。だから、今までも暇を見ては草花と交流してきた。ここ半月はそうもいかなかったが。
スオン家からローリアス家に帰宅早々、メアリは両親に頭を下げた。ロインが皆の知らぬところで話を進めたとしても、最初のきっかけはメアリがはっきりとしないまま動いてしまったことだ。元々の元凶は自分にある。両親が慌てて頭を上げさせる。
「誰が原因でもない。そう言うなら、私たちにも原因がある」
「そうよ。もうここまで決まったのだから、あとはメアリが幸福である道を探しましょう」
いつでも優しい両親に、我慢してきた涙が溢れる。ここを離れたら、こうして泣くことも出来なくなる。今のうちに子どもを満喫しよう。
「それに、ロイン様からは特に何もされていないのでしょう?」
「はい。言い方は冷たいですが、他には特に」
「それならば、未来の皇妃として立場は保証されているし、悪くされないのかもしれません」
不幸中の幸いとでも言うべきか。そこはメアリも安心していた。
「ローリアス家長女として、お二人が安心出来るよう精一杯これからも生きていきます」
ドレスを広げ、二人に宣言する。すると、二人が大粒の涙を流し始めた。父の涙は初めて見た。メアリも泣いた。
その日から、花嫁修業ならぬ妃修行が始まった。ローリアス家は辺境に位置する貴族で身分も高くないため、王族のことはもちろん、王都の状況すらよく知らなかった。スオン家に一日置きに通ってはカリス国の歴史や現在の王族の名前などを学ぶ日々。屋敷に帰っても復習。メアリは一週間で頭がパンクしそうだった。テーブルに顔を付け、長い息を吐く。
「うう……何か話すだけで、覚えた言葉が抜けていきそうです」
「ご苦労様」
「リリィ様!」
休憩中、勉強部屋で独り言を言ったつもりが、ドアのところにいたリリィに聞かれてしまった。
「ごめんなさい。いちおうノックはしたのだけれど」
「いいえ、聞いていなかった私が悪いので」
慌てて上半身を起こすと、テーブルにカップとお菓子が置かれた。
「休憩だって聞いたから」
「有難う御座います」
リリィも自分の分を用意しており、ここで休憩を取るらしかった。
「大変ね」
「はい。でも、必要なことですから」
「気負わなくて結構でしてよ。少しずつ覚えていけばいいのだから」
リリィはメアリを本当の妹として心配し、励ましてくれている。この人も一緒なら、王族に嫁ぐのも悪くないかもしれない。
「分からないのなら、自分から連絡をしろ」
そんなある日、ロインが手紙を持ってやってきた。約束も無しにいきなりやってきたものだから、スオン家は大慌てで出迎えた。それなのに、ロインは手紙をメアリに押し付けると、それだけ言って帰ってしまった。何を言われているとすぐには理解出来なかった。
手紙を開けて初めて、その言葉が日取りについてだったことを知った。言葉が足りなさすぎる。隣でリリィが小さく唸った。ロインにイラついたらしい。そういえば、彼女は彼が嫌で弟の方と婚約したのだった。
「言い方というものがあるのではなくて!? メアリ、嫌になったら婚約破棄してしまいなさい」
「それはスオン家にご迷惑がかかります。私は気にしていませんので」
「イイコッ!!」
リリィとジュークの式はまだ決まっていない。こちらが先に行うとしたら、その時がしばしの別れとなる。
「それで、いつが式なの?」
「ええと……一か月後、です」
「早くなくて!?」
リリィの言う通りだ。まだメアリとロインは知り合って二週間程しか経っていない。つまり、初対面から一か月半で夫婦になれということである。かなり厳しい。ロイン側も不安は無いのだろうか。
「大変だわッお母様、お母様~~!」
手紙をメアリから借りたリリィが、リリィの母の元へ走った。走る彼女を初めて見た。それだけ急ぎの案件ということだ。メアリは青ざめた。
「ということは、あと一か月で修行を終えなければならないということでは……!!」
──無理!!!
すでに挫折しそうなのに、期限がすぐそこまで差し迫っていることが判明してしまった。メアリもリリィを追いかける。
「リリィ様! メアリに特別課題を出すよう先生にお願いしてください!」
宿題を沢山出されて追い込まれれば出来るはず、きっと。メアリはそう判断した。両親に相談していたリリィがメアリに振り返りウインクする。
「任されましたわよ!」
メアリは頑張った。それはもう、一生分の頭を使うくらい頑張った。おかげで、半月でだいたいの歴史を把握した。王族の顔は後々覚えるしかない。よたよたふらつきながら、スオン家の庭に出る。久々の花々とのふれあいだ。
「こんにちは」
水やりをしながら花に話しかける。すると、花も緩やかに揺れてメアリに答えた。
『こんにちは』
「ふふ」
簡単な言葉しか分からないが、地属性の魔力を持つメアリは草花の感情を読み取ることが出来る。だから、今までも暇を見ては草花と交流してきた。ここ半月はそうもいかなかったが。