国一冷徹の皇子と結婚した不運令嬢は、神木とともに魔術を極めて皇子を援護する

一夫一妻です

 ノウが気を遣って、メアリとロインを離してくれる。いや、本当に急ぎの用事があるのかもしれないが。あのままでは小言の一つや二つ言われただろう。夫というより小姑である。

 ややあって、ロアが小走り出来た。また怒鳴られてはいないか冷や冷やする。

「お待たせしました!」
「すみません、せっかくお仕事が終わったところだったのに。休憩中でしたか?」
「いいえ。掃除の仕事で退屈していたところです」

 両手でピースをされる。どうやら喜んでいるらしいのでよしとしよう。しかし、ロアに聞いていい内容か迷う。

──まあ、ロイン様付きでなくとも、側妃がいらっしゃるかどうかは知ってるわよね。

「大した用事ではないのですが」
「なんなりと。廊下に出ていらっしゃるということは、部屋に虫でも出ましたか? 今すぐ抹殺しますね」
「そういうのではないのでッ」

 メイド服から流れるように短刀を取り出したロアを止める。完全に慣れている動きだった。

「それではどういう?」

 首を傾げる仕草は可愛らしいが、手に持っているものが全く可愛くない。メアリは小さく咳ばらいをし、ロアに耳打ちした。

「ロイン様に側妃はいらっしゃいますか? 挨拶に伺いたいのですが」
「そッ!」

 質問の内容を理解したロアが飛び上がった。

「と、と、とんでもない! いらっしゃらないです!」
「そうなのですか?」
「はい! ご安心ください!」

 安心したくて聞いたわけではないが、ロインの相手がいなくてほっとした面もある。もし自分が側妃の立場だったら、後から入ってきた新人が正妃になったら自分の扱いがどうなるのか不安になる。そんな思いをする人がいなくてよかった。

 ロアが神妙な顔をして、小声でメアリに話しかける。

「皇帝が第二皇妃を迎えたことがあったのですが、これがまあ嫌な人でして。すぐ離縁しましたが、それが皇子たちはトラウマになったらしく、お相手を複数作るなんてあり得ないという感じらしいです」
「な、なるほど」

 複雑な事情があったらしい。ロインに直接聞かなくてよかった。トラウマを掘り起こして罵倒されるところだった。

「ですから、ロイン様にはメアリ様だけです」

 一人ともなると、つまり、彼の言葉を一心に浴びないといけないわけで。不安しかないが、彼以外の不安は取り除かれたのだから、メアリは一先ず安心しておくことにした。

 その後ロインと会話することもなく、皇帝皇妃との謁見となった。ロインと対峙した時以上に緊張しているかもしれない。ロアとノウが後ろを付いてきてくれていることだけが救いである。もしも一人きりだったら卒倒する。

「失礼致します」

 皇帝の許可を得て豪奢な扉を開ける。三メートルくらいある。こんな扉生まれて初めて見た。巨人族でも入れそうだ。カリス国の繁栄を物語っている。
 ローリアス家でのんびり過ごしていた頃はこんなところに嫁ぐなんて思いもしなかった。出会いとは不思議だ。

「顔を上げよ」

 威厳たっぷりの声色に怖気づきそうになるが、冷たくされていないのだからなんてことはない。顔を上げると、四十代程の恰幅の良い男性とスレンダーで涼し気な目元の女性が座っていた。皇帝と皇妃だ。顔を見たこともない雲の上の人が目の前にいる。

──第二皇妃を迎えたことがあったってことは、今は皇妃だけなのよね。

 複雑な事情は解決しているらしく、そこは気にせず済みそうだ。確か、必死に覚えた王族の名前の中にも第二皇妃はいなかった。何があって追放されたのかは分からないが、知らないままでいた方がいいこともある。

「初めまして、メアリです。本日はこのような場を設けてくださり誠に恐縮です」
「かしこまらずともよい。明日からは家族だ」

 優しい言葉に目尻が熱くなる。よかった。ロイン以外は穏やかな人ばかりだ。

「メアリ。ロインの元に嫁いでくれて感謝する」
「もったいないお言葉です。こちらこそ、宜しくお願い致します」
「あの子は気難しいところもありますが、二人仲良く手を取り合ってくれたら嬉しいです。困ったことがあったらいつでも言ってくださいね」
「はい。有難う御座います」

 皇妃も丁寧な言葉で話しかけてくれる。そういえば、スオン家は皇妃の遠縁だったことを思い出した。皇妃に恥をかかせないよう、精いっぱい第一皇子の妃として邁進しよう。

 何事も無く謁見が終了した。もっと何か言われるかと構えていたのに。この分なら明日の式も滞りなく進みそうだ。あとは自分がしっかりするだけ。

「明日はお願いします」
「もちろんです。このノウにお任せください」
「失敗しないようやりますね!」

 ノウとロアに話しかけるとそれぞれらしい返事が返ってきた。二人が顔を見合わせる。

「チィッッ」

──やっぱりさっきの舌打ちだったんだ!

 二人は仲が悪いようだ。何故だかは分からない。聞くことも出来ないまま、ノウが行ってしまった。
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