国一冷徹の皇子と結婚した不運令嬢は、神木とともに魔術を極めて皇子を援護する

私は姉を探してはおりません

 聞き違いだろうか。とんでもないことを言われた気がする。顔を青くさせるメアリを放って、リリアはどんどん話を進めていく。

「実はメアリのような可愛らしい子を探していたの。特に黒髪で瞳の大きな貴族出身の女の子を。メアリはぴったりだわ。私の妹になるために生まれたのではなくて?」

 全然そんなつもりで生まれていない。突然降ってきた不幸にメアリの体が固まる。

「いえ、あの、それは」

 いくら目上と言えども、はい承知しましたと頷くことは出来ない。せめて、家族の元に一度返して家族会議を開かせてほしい。

「さあさあ、遠慮なさらずに!」
「いえ、ほんと」

 無理矢理馬車に連れ込まれたところで、リリィが手を叩いた。

「そうですわ。メアリのご両親にお話しないといけないわね」
「そうなのです。ですから、申し訳ないですが」
「とりあえず、私の家に行ってから挨拶しましょう。妹が出来るなんて、今日は人生最良の日ですわ!」

──私は人生最凶の日ですが!

 とは到底言えず、心で泣いて、表面上は笑顔でメアリは華麗なる誘拐に巻き込まれたのだった。








「ここよ。降りて、私の可愛い妹」
「はは、はい……」

 すでにリリィの中で妹が決定事項となっている事実に恐怖しながら馬車を降りる。何故こんなことになってしまったのか、自分でも分からない。ただ、花屋で買い物していただけなのに。

「おかえりなさいませ、リリィ様」
「ただいま」

 屋敷の前で待っていた従者が綺麗にお辞儀して出迎える。お辞儀の瞬間、ちらりとこちらを見られ居たたまれなくなる。
 自分の恰好がどこかおかしいのではないか、身分の違いが見た目からも明らかでやはり隣に立つべきではないのではないか。不安が波となってメアリに押し寄せてくる。それを理解したのか、従者がメアリに向けてもお辞儀をしてみせた。

「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
「あ、有難う御座います」
「さあ、メアリ」
「えっ」

 リリィに手を繋がれ内心焦りでパニックになる。手汗などかいていないだろうか。メアリの心配をよそに、リリィは鼻歌を歌いながら歩き出した。

 両親に知らせたいのに、連絡の手段が無い。せめて、連絡用の魔法くらい覚えておくべきだった。メアリは元々地属性のため、草花の機微を理解することが得意だが、風属性の連絡魔法は苦手なのだ。

 魔術学校にも通ったことがない。魔法の属性持ちならば能力を伸ばすために通う者が多いが、ローリアス家の財政難を気にして体験だけで終わってしまった。もったいないから通いなさいと父が嘆いてくれたことを思い出す。それでも、いずれどこかに嫁入りして魔法とは縁の無い生活になると思えば、魔法にローリアス家の金を使う勇気が出なかったのだ。

 屋敷の中に入る。庭の時点で気付いていたが、あまりの豪華さに眩暈がする。貴族を集めてパーティー会場に充てられる広さがあるわけだ。きっと、領土も広いのだろう。しかし、恵まれているからといって、初対面の妹になりたいとは思わない。

「お父様はいらっしゃらないの?」

 玄関周りでうろちょろしていると思ったら、どうやら父親を探していたらしい。がっかりしたリリィがこちらを振り向く。

「残念、お父様は出かけているみたいだわ」
「それなら、このお話はまた今度改めて」

 ほっとしたメアリの心が一瞬で打ち砕かれた。

「大丈夫。安心して。お父様がいらっしゃらなくても、話は進められてよ」

 全然安心出来ない。妹になることを望んでいるなんて一度も言っていないのに。もてなしの準備をされた部屋に案内され、座らされる。これはもう簡単に帰してはもらえないと悟った。
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