国一冷徹の皇子と結婚した不運令嬢は、神木とともに魔術を極めて皇子を援護する
声の正体
もう一度やってきた庭にセジンはいなかった。仕事を終えたか、また別の場所で作業をしているのだろう。魔力について教えていないため、花々に話しかける奇行は見られず済みそうでほっとする。
「それでは、三十分経ったらまたここに参りますので、それまでご自由になさってください」
「はい」
「くれぐれも、王宮の敷地外には出ないでくださいね!」
「分かってます」
そんなことをしたら、メアリはもちろん、ロアに被害が及んでしまう。危険なことはしないと誓った。
「くれぐれも! くれぐれもですよ~!」
念を押しながらロアが王宮の中に戻っていった。
さて、三十分しか時間がないから急がなくては。もう少し長く言っておけばよかった。しかし、あまり長くして迷惑をかけたくもない。メアリはさっそく例の声がした場所に向かった。
「この辺よね。お花さん、お花さん」
『な~に~』
『やっほ~~~』
適当に声をかけたら、大量の声が返ってきた。当然だ、ここに咲いているのは全て「花」である。
「しまった。違うの。ええと、そう、男の人。低い声の、お花さんいるかしら」
『は~い』
花の声はいろいろあるが、たいていが高めの声だ。低い声は珍しい。それを伝えると、声は段々減っていき、最後に一つ残った。
『もしかして、私か?』
「そう! 貴方です!」
ようやく目的の声にたどり着いた。どこから聞こえるのだろう。すぐ傍からな気もするし、とても遠い気もする、不思議な声だ。
「こんなにはっきりと聞こえるのが初めてなので、是非お話したいと思ったのです」
『私の声が聞こえるのか』
「はい、よく聞こえます。どちらにいらっしゃいますか?」
『ふふ。どこにでもいるよ』
「え?」
答えの意味が分からず、きょろきょろしていたメアリの顔が止まる。
──クイズかしら……?
『例えば、君が立っているところ。それも私。例えば、王宮からずっと離れた土地、それも私じゃ』
「もしかして、とても大きな方ですか?」
『うん。だいたい正解』
声の問いかけに、メアリは根があちこちに張っている木だと当たりを付けた。
──大きな木かぁ。まるで神木様みたい。
幼い頃、カリス国に伝わる伝説の神木の絵本を読んでもらったことを思い出す。その姿を見た者は伝説の賢者となり、人々を平和に導いたという。
『そうじゃ。私の声が聞こえる幼子よ、是非私のところへ遊びに来てはくれないか』
「貴方の、ところへですか?」
『うむ。暇で暇でしょうがなくてな。こんな機会、なかなか無い。ざっと二百年振りかな』
「に……二百年……!」
それは辛い日々だっただろう。二百年だなんて途方もなくて想像出来ない。
「とても嬉しいお誘いなのですが、ここにいられるのは三十分と決まっておりまして」
『なるほど。それなら心配いらない。時間を気にしないでいられるならいいのじゃな?』
「はい。でも、そんなことが」
いいおわる前に、メアリが風に覆われた。思わず目を瞑る。次に開けた時には、すでに景色が変わっていた。
「ど……どこ!?」
見渡せど見渡せど何も無い。薄ぼんやりした水色の世界が広がっているだけだ。とんでもないところへ来てしまった。焦って走り出そうとすると、横から声がした。
「わっはっは。新鮮な反応。嬉しいのう、これも二百年振り」
「あ! 大きな木さん……? ??」
あの声がして振り向く。そこには二十代程の背の高い男性が立っていた。二メートルはあるだろうか。百六十センチも無いメアリはかなり見上げることになる。
「正解じゃ! 驚いたろう? ここが私の世界。有難いご神木の中ぞ」
「神木様!?」
まさか本当にこの男が神木だったとは。何か失礼なことはしていないだろうか。なにせ、神木と言えば、カリス国全てを包む幻の有難い存在なのだ。一個人が対等に話せるようなことではない。
「失礼しました! 私、知らないで話しかけてしまいました」
一歩距離を取り謝ると、神木は頬を膨らませた。
「私がいいからいいのじゃ。もっと気楽に話してくれ。敬語もいらん」
「敬語がいらないのは、その」
「いらん」
「わ、分かったわ!」
もうなるようになるしかない。当の本人が希望しているのだから。勢いに任せてメアリは敬語を取り去った。とても慣れない。家族相手にも敬語だったので、敬語無しで会話するなど数年振りだ。神木が満足そうに頷く。
「うむ、よいぞ。その調子だ。親友って感じじゃな」
「親友……」
王宮で友人と呼べる人がいないので、神木に親友認定され、メアリは嬉しくなった。
「神木さんのお名前は何? 親友なら名前で呼びたいわ」
「名前? 名前は無い。神木じゃ。人間たちはいつでもそう呼ぶ」
「そうなの」
名前を呼べないのは残念だ。その気持ちが顔に出ていたのか、神木がぐい、と近づいて言った。
「なら、メアリが私の名を付けてくれ」
「それでは、三十分経ったらまたここに参りますので、それまでご自由になさってください」
「はい」
「くれぐれも、王宮の敷地外には出ないでくださいね!」
「分かってます」
そんなことをしたら、メアリはもちろん、ロアに被害が及んでしまう。危険なことはしないと誓った。
「くれぐれも! くれぐれもですよ~!」
念を押しながらロアが王宮の中に戻っていった。
さて、三十分しか時間がないから急がなくては。もう少し長く言っておけばよかった。しかし、あまり長くして迷惑をかけたくもない。メアリはさっそく例の声がした場所に向かった。
「この辺よね。お花さん、お花さん」
『な~に~』
『やっほ~~~』
適当に声をかけたら、大量の声が返ってきた。当然だ、ここに咲いているのは全て「花」である。
「しまった。違うの。ええと、そう、男の人。低い声の、お花さんいるかしら」
『は~い』
花の声はいろいろあるが、たいていが高めの声だ。低い声は珍しい。それを伝えると、声は段々減っていき、最後に一つ残った。
『もしかして、私か?』
「そう! 貴方です!」
ようやく目的の声にたどり着いた。どこから聞こえるのだろう。すぐ傍からな気もするし、とても遠い気もする、不思議な声だ。
「こんなにはっきりと聞こえるのが初めてなので、是非お話したいと思ったのです」
『私の声が聞こえるのか』
「はい、よく聞こえます。どちらにいらっしゃいますか?」
『ふふ。どこにでもいるよ』
「え?」
答えの意味が分からず、きょろきょろしていたメアリの顔が止まる。
──クイズかしら……?
『例えば、君が立っているところ。それも私。例えば、王宮からずっと離れた土地、それも私じゃ』
「もしかして、とても大きな方ですか?」
『うん。だいたい正解』
声の問いかけに、メアリは根があちこちに張っている木だと当たりを付けた。
──大きな木かぁ。まるで神木様みたい。
幼い頃、カリス国に伝わる伝説の神木の絵本を読んでもらったことを思い出す。その姿を見た者は伝説の賢者となり、人々を平和に導いたという。
『そうじゃ。私の声が聞こえる幼子よ、是非私のところへ遊びに来てはくれないか』
「貴方の、ところへですか?」
『うむ。暇で暇でしょうがなくてな。こんな機会、なかなか無い。ざっと二百年振りかな』
「に……二百年……!」
それは辛い日々だっただろう。二百年だなんて途方もなくて想像出来ない。
「とても嬉しいお誘いなのですが、ここにいられるのは三十分と決まっておりまして」
『なるほど。それなら心配いらない。時間を気にしないでいられるならいいのじゃな?』
「はい。でも、そんなことが」
いいおわる前に、メアリが風に覆われた。思わず目を瞑る。次に開けた時には、すでに景色が変わっていた。
「ど……どこ!?」
見渡せど見渡せど何も無い。薄ぼんやりした水色の世界が広がっているだけだ。とんでもないところへ来てしまった。焦って走り出そうとすると、横から声がした。
「わっはっは。新鮮な反応。嬉しいのう、これも二百年振り」
「あ! 大きな木さん……? ??」
あの声がして振り向く。そこには二十代程の背の高い男性が立っていた。二メートルはあるだろうか。百六十センチも無いメアリはかなり見上げることになる。
「正解じゃ! 驚いたろう? ここが私の世界。有難いご神木の中ぞ」
「神木様!?」
まさか本当にこの男が神木だったとは。何か失礼なことはしていないだろうか。なにせ、神木と言えば、カリス国全てを包む幻の有難い存在なのだ。一個人が対等に話せるようなことではない。
「失礼しました! 私、知らないで話しかけてしまいました」
一歩距離を取り謝ると、神木は頬を膨らませた。
「私がいいからいいのじゃ。もっと気楽に話してくれ。敬語もいらん」
「敬語がいらないのは、その」
「いらん」
「わ、分かったわ!」
もうなるようになるしかない。当の本人が希望しているのだから。勢いに任せてメアリは敬語を取り去った。とても慣れない。家族相手にも敬語だったので、敬語無しで会話するなど数年振りだ。神木が満足そうに頷く。
「うむ、よいぞ。その調子だ。親友って感じじゃな」
「親友……」
王宮で友人と呼べる人がいないので、神木に親友認定され、メアリは嬉しくなった。
「神木さんのお名前は何? 親友なら名前で呼びたいわ」
「名前? 名前は無い。神木じゃ。人間たちはいつでもそう呼ぶ」
「そうなの」
名前を呼べないのは残念だ。その気持ちが顔に出ていたのか、神木がぐい、と近づいて言った。
「なら、メアリが私の名を付けてくれ」