国一冷徹の皇子と結婚した不運令嬢は、神木とともに魔術を極めて皇子を援護する

神木の名前

 突然の提案に、メアリは大口を開けてしまった。慌てて口を閉じる。レディとしてあるまじき顔をしてしまった。

「私が、貴方の?」
「そうじゃ」
「そんな大役……!」
「ダメか?」

 神木が首を傾げてお願いしてくる。わざわざしゃがんで上目遣いのオプション付きだ。ここまで頼まれると、押しに弱いメアリはすぐ陥落してしまった。

「う……考えてみる……!」
「その意気じゃ!」

 勢いに任せて請け負ってしまったが、よく考えなくとも国レベルの重要なことではなかろうか。そして、それとは別のことに気が付いた。

「はッ三十分!」
「三十分?」

 そうなのだ。メアリはロアと三十分だけ一人になっていいと約束をしていた。

「大変。ロアさん、お世話になっている人と、三十分だけ自由に歩き回っていいと約束したの。三十分経ったら戻らないと」
「なるほど。メアリは籠の鳥なのじゃな」
「そういうわけじゃないけど」
「安心せい。この空間は外とは違う次元にある。だいたい、ここに一時間いると、外では十分といったところか」
「ええ! そんなに!」

 つまり、外とここは六倍の差があるということだ。それならば、まだここに二時間程いられる。持たされた時計を確認する。

「時計の動きはどうなるの?」
「外から持ち込まれたものだから、その流れのままじゃな。ここで作り出した時計だったらここの時の流れとなる」
「なるほど」

 それなら、この時計で三十分過ぎないようにすればいい。
 試しに一分時計を見つめる。時計は一分経過しても、長い針が動くことはなかった。初めての経験にメアリが興奮する。

「神木さん、時計動かないわ!」
「私の名はどうなった」
「そうでした!」

 両手を前に出して待ったのポーズをする。感動で元々の目的を忘れていた。しかし、いきなり名前と言われても、一度決まったら一生付きまとうだろう話題に緊張が走る。

「適当でいいぞ」
「それは困るわ。国家存続の危機になるかも」
「ならんならん」

 何故、そんなにあっけらかんと待てるのか。自分の名前なのに。メアリのセンスが壊滅的だったらどうするつもりなのだろう。

 それから十分、二十分と、悩みに悩んだメアリがついに顔を上げた。途中で飽きた神木は、宙に浮き、メアリの周りをずっとくるくる回っていた。

「決めた!」
「お、なんじゃ?」

 真剣な顔つきのメアリに神木が歩み寄る。近すぎて怖い。誰かを名付けたことなどなく、不評だったらどうしようと今から汗が出る。

「ほら。怒らないぞ」
「うん……ロ……ロカロスで!」
「ロカロス?」

 神木がきょとんと目を丸くさせる。失敗したか。名付けセンスが無かっただろうか。メアリの頬がふにゃりと落ちた。

「ダメ、かしら。昔読んだ本に虹色の花を咲かせる種が「ロロ」って呼ばれていて、それとカリスの文字を混ぜてみたんだけど……」

 一生懸命説明をすると、ロカロスが首を振った。

「全然ダメではない。こんな短時間でいろいろ考えてくれたのだな。ロカロス。良い名だ、気に入った! ありがとう!」
「うわぁぁ」

 がばりと抱き着かれたメアリがか細い悲鳴を上げる。ロカロスが不満気な表情で離れた。

「なんじゃ、妙な声を出して」
「あの、殿方に抱きしめられたのが父以外初めてでして」
「結婚しているのに?」
「う……そうだけど」

 痛いところを突かれた。そう、メアリは結婚済なのに、ロインに抱きしめられたことはおろか、手を繋がれたこともない。仮面夫婦だと言われても否定出来ない立場にいる。

「わっはっは! では、私は夫より近しい存在というわけじゃな。なにせ、親友だから」
「親友になれて私も嬉しいわ。でも、抱きしめほどほどにしてね。ロイン様の立場があるので」
「なんじゃぁ、つまらん。私は人間ではないのだからノーカウントじゃ」

 ロカロスが不満を零したが、夫婦関係を拗らせては遊べなくなると悟ったのか、抱きしめるのは我慢すると譲歩してくれた。
 楽しい時間はあっという間で、もうすぐ約束の時間となっていた。

「メアリよ。暇なときはいつでも来ておくれ。毎日でもよいぞ」
「ありがとう。きっと王宮にいることがほとんどだから、その時は遊びに来るわ。待ち合わせはお庭でいいのかしら」
「うむ。メアリの声は覚えたから、話しかけてくれればいつだってこの世界に導こう」

 メアリとしても、来たばかりの嫁ぎ先で新しい友人が出来て嬉しい。しかも、時間が外よりずっとゆっくりの世界付きときた。いつだって自由に来られて、自由に話せて遊ぶことが出来る。こちらが感謝をする方だ。

「明日も来るわ。ここで何をするか考えておくね」
「約束だぞ。私はいつでも暇なのじゃ」
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