国一冷徹の皇子と結婚した不運令嬢は、神木とともに魔術を極めて皇子を援護する

初魔術

「……はっ」

 扉が強く叩かれている。時計を見る。十七時。三時間も経っていた。失敗した。夢中になり過ぎた。慌てて扉に走る。
 ロアだろうか。あまりに静かで心配になって来てくれたのかもしれない。

「すみません、読書していて」

 謝りながら開けると、そこにはロインがいた。驚き過ぎて二センチ程飛び上がった。

「ロ、ロイン様、おかえりなさいませ」
「何故、いなかった」
「あ! 申し訳ありません。読書をしておりまして、帰っていらっしゃったことに気が付きませんでした。今後はこのようなことがないよう気を付けます」
「随分と良いご身分になったものだ」

 深々頭を下げる。ロインはそれ以上何も言わずに隣の部屋に入っていった。メアリがその場に座り込む。怖すぎて泣くかと思った。

 しかし、夫の帰りを待っていなかったのはメアリの落ち度だ。まだ妃としての仕事も無いのだから、皇子の帰りに合わせて大門にいるのは当然のことである。

「まだまだね、私」

 王宮のことをいくら勉強しても、知識の蓄積にしかならない。しっかり行動で示して、良い妃とならなくては。

 その後はちらちら扉を気にしながら読書を続けたが、ロインが訪ねてくることはなかった。彼が何を考えているのかさっぱりだが、きっと妃としての務めをしっかり行えるようになれば、表面上は上手くやっていかれそうだ。

「そのためにも勉強勉強」

 プラスして魔術も覚えられたら、いつか褒めてもらえる日が来るかもしれない。

 夕食後、また一人の時間となる。これだけ遅くなれば、もうロインが来ることもないだろう。メアリは今日の復習として、魔術の実験をすることにした。

「よし、最初は成長強化から」

 成長強化とは、文字通り植物の成長を早める効果がある魔術である。入門書に書かれていた初級魔術だ。室内にある植物に手のひらを向け、そこに魔力を集中させる。

「強化!」

 気合を入れて叫ぶ。すると、植物の背がぴょこんと伸びた。ほんの二センチ程。メアリが植物の周りをくるくる歩き、変化を確認する。

「の……伸びたかしら……? よく分からないけど、伸びたわね! いちおう! やった!」
『やったね~うれしい~』
「ありがとう!」

 協力してくれた植物も喜んでくれている。メアリの初魔術はとても小さいものではあったが、無事成功して終わった。




 一日、二日と過ぎていく。ロインが夜やってくることはない。昼間もどこかに出かける時の見送りと出迎え以外で会うことはなかった。これで本当に夫婦なのかは当のメアリでもさっぱり分からない。これでいいのだろうか。

 ロインとは逆に、ロカロスとは毎日のように会っている。神木の世界ではもちろん、メアリの部屋にも出現するようになった。ある日ロカロスから神木の葉をもらい、それを介してロカロスが実体化出来るようになったのだ。神木と会話が出来る魔力を持つ者に限定されるので、外の世界に出られたのも二百年振りだという。

「メアリ! これはなんじゃ?」
「絵本よ。ロカロスのことが書かれているの」
「ほぉ、興味深い」

 自分のことを書かれている絵本を読み始めたロカロスは、何故か大笑いし始めた。本人曰く、内容が美化され過ぎているらしい。人から聞いた話を書物にするものはたいてい脚色される。それは仕方ないにしても、そんなに笑う程なのか。

「メアリ様」

 そんな時、ロアがノックした。慌てるメアリに、ロカロスはポンと音を立て、十センチ程度の大きさに変身した。

「これなら平気じゃ」

 平気かどうかは分からないが、成人男性よりマシなことは分かる。机に立つロカロスを隠しつつロアを出迎えた。

「失礼します。本日の自由時間はどうなさいますか?」

 そういえば、今までは三十分をロカロスと会う時間に当てていたが、今日は朝から彼の方から来ており、三十分をどうするか考えていなかった。ここにロカロスはいるのでわざわざ行かなくてもいいが、どうせなら有意義に使いたい。

「今日も庭園に行きます」
「承知しました」

 ロカロスには葉に戻ってもらい、メアリはロアと庭に出る。ロアが見えなくなったことを確認してからロカロスの世界に入る。

「来たよ!」
「待っていたぞ」

 世界はこの数日で劇的変化を遂げていた。何も無いところにテーブルとソファが置かれ、メアリと同じ格好のぬいぐるみもある。全部ロカロスが用意したものだ。ここは概念的世界のため、ロカロスが念じればたいていの物は出てくるという。

「何する? 本でも読むか?」
「ううん。今日から私、修行することにしたの」
「修行?」

 ロカロスが両手を広げたまま固まる。メアリがさらなる爆弾を投げた。

「だから、これから筋トレするわ!! ロカロスもやろう!!」
< 24 / 42 >

この作品をシェア

pagetop