国一冷徹の皇子と結婚した不運令嬢は、神木とともに魔術を極めて皇子を援護する

メアリの魔術

 歯軋りの音がここまで聞こえてきそうだ。それでも我慢して案内してくれる。どうやら、今は図書館にいるらしい。図書館の入り口でロアに待ってもらい、メアリは一人で奥に歩いていく。

 ノウは、以前メアリが足繁く通ったコーナーにいた。魔術書コーナーだ。そういえば彼は魔術師だった。宮廷付き魔術師だから、かなりの実力者に違いない。

「ノウさん」
「メアリ様。どうかなさいましたか?」

 メアリが周囲を窺いながら小声で尋ねる。

「先ほどの件なのですが、一つお伺いしたくて」
「ああ、なるほど。ここは誰もいないから構いません」

 ノウの言葉に安心した。今までひたすらに秘密にしていたのだ。きっと宮廷内のほとんどの人間が知らないだろう。

「ロイン様の本来のお姿は誰にも話さない方がよいですか? ロカロスは私といつも一緒におりますので、話せるなら話しておこうと思いまして」
「彼になら構いませんよ。私も話さないだけで、ロイン様より秘密にしろと命令されているわけでもありませんし」
「そうなのですか!?」

 驚きの事実である。

「でも、ご存知なのはあまりいらっしゃらないようですが」
「私とジューク様くらいですね。皇帝皇后もご存知かとは思います」
「なるほど」
「あまりに一生懸命なので、秘密にした方がよいかと判断したのです」

 確かに、冷徹の徹底っぷりは、国民が勘違いする程だ。側近ともなると、これを守った方がいいと思うのも当然である。

「それでは、ロカロス以外には話さないとお約束します」
「お気遣い有難う御座います。ロカロスさんにも念のため秘密であるとお伝えください」
「分かりました」

 許可をもらえたので、さっそくロカロスに報告しよう。きっと驚くだろう。少しは距離が近づくかもしれない。メアリはノウに別れを告げ、ロアとともに自室に戻った。

「後で飲み物をお持ちしますね」
「有難う御座います」

 ロアがそう言って部屋を出た。彼女も大分妃付きのメイドが板についてきた。ノウとの不仲にはハラハラするが、仕事は安心して任せられている。

「ロカロス~……は、帰ったんだった」

 すっかり忘れていた。仕方がない。報告は明日にしよう。ベッドに腰掛けると、どっと疲れが蘇ってきた。ロアが来るかもしれないが、少しだけ休ませてもらおう。今日のことをリリィに報告出来ないことが残念だ。





 お守りを渡して二日、つまりロインの秘密を知って二日、ロインの遠征日がやってきた。

「いってらっしゃいませ」
「……ああ」

 ぶっきらぼうながらもロインから初めて返事をしてもらえた。これも秘密を共有した仲だからだろうか。それとも、以前よりは待遇を良くするから他言するなという口止め的な何かだろうか。どちらでもいい。会話が出来ただけで嬉しく思う。隣でジュークもにこにこしている。

 ジュークはロインが冷たい態度を取っても余裕がある対応をしていたが、あのロインを知っていたのなら納得出来る。どうせなら、本来の姿でいたらいいと提案してくれたら助かる。しかし、ロインにもロインの事情がある。弟からは強く言えないのだろう。

「いってきます」

 ジュークに手を振られ、同じように返す。なんとなくロインから視線を感じる。ジュークとメアリを睨んでいる気がする。何故だ。遠征から帰ってきたら、それとなく聞いてみようか。今のロインにならなんだって聞くことが出来る。

「本当にあれが演技なのか」
「しッ」

 小さいロカロスが、メアリの肩に乗ってぼそりと呟く。誰に聞かれるかも分からない。メアリが慌てて制止した。

「さて」

 見送りは終了したが、今回のメアリはここで仕事が終わるわけではない。自室に戻り、一枚の葉を引き出しから取り出す。

「投影」

 メアリが唱えると、葉が光り出し、その上にロインたちが映し出された。

「成功よ!」

 ロカロスとハイタッチする。この葉は、ロインに渡したお守りと繋がっており、魔力を込めるとこうしてお守り付近の様子を見ることが出来る。

 馬に乗っているロインとジューク、その周りに数人の騎士団が見える。まだ出発して十五分なので、王都を抜けたあたりだろう。メアリが深く頷いた。

「範囲二、三メートルくらいかしら。十分ね」

 ただ、この投影も完璧ではない。わずかながら魔力を使い続けるため、二十四時間付けっぱなしにするのはいざという時に魔力不足となる可能性がある。定期的にチェックすることにして、とりあえずお守りの映像を消した。

「ロカロス。夜間に備えて仮眠を取るわ」
「分かった」

 初めての試みなので、いろいろ実験したいことがある。メアリはロカロスに断りを入れて、ベッドに横になる。ロカロスは庭を探索するらしく、慣れた様子で窓から飛んでいった。
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