国一冷徹の皇子と結婚した不運令嬢は、神木とともに魔術を極めて皇子を援護する

変身

「メアリ様、こんなによろしいのですか?」

 キッチンに野菜を持っていったら、予想以上に感謝されてしまった。

「ロカロスが作った野菜です。試食済なので、味も問題ないと思います。よかったら使ってください」
「有難う御座います!」

 突然妃が大量の野菜を持ってきたら何事かと疑われるかと思い説明してみたが、それも必要なかったかもしれない。ここはメイドから料理人までみんな良い人だ。

「さてと」

 今は夕方。今日すべきことは全て終わらせた。隣国の様子を見てもいいが、もし相手国に結界が張られていたら、メアリが魔術を使ったことで向こうに察知され、こちらに不利な状況になったら困る。

 それに、必要以上なことを知るべきではない。然るべき時が来れば、ロインから説明があるだろう。

 コンコン。

 自室にいたら、先ほど別れたロアがやってきた。夕食にはまだ早い。

「郵便が届いております」
「有難う御座います」

 郵便は久しぶりだ。たまに両親から送られるくらいだが、今回は誰だろう。

「お姉様だわ」

 慌てて封を開ける。中にはジュークとの結婚式の日取りが記されていた。メアリの頬が緩む。

「ついにご結婚されるのね!」

 ジュークとリリィの結婚はメアリより前に決まっていたが、ロインとのごたごたで遅くなってしまった。しかしこれで、結婚後はリリィとも自由に会えるようになる。

「嬉しい! けど、もうちょっと先ね」

 二か月後の日付を指でなぞる。どうせなら明日とかがよかった。本当にそうなったら準備を全然していないので無理だけれども。

 とりあえず、二か月先の楽しみが出来た。ロインとの距離がやや縮まったと言っても、形式上の夫婦という認識からはまだ脱していない。気軽に話せる家族が欲しいのは当然だった。

「返事書きましょ」

 さっそく紙にペンを走らせる。筆が乗り過ぎて便せん三枚になってしまったが許してもらおう。

「あとついでに仕上げちゃおうかしら」

 せっかく机に向かったので、もう一枚白い紙を取り出す。メアリはそこに、フードを被った黒尽くめの少女の絵を描いた。その横に、服の生地、装飾物など細かく記していく。

「これだと飛んだ時に服が邪魔かもしれないわ。それならここを──」

 メアリはそのまま一時間紙と格闘した。



 手紙はロアに送ってもらうようお願いした。明日には届くそうだ。妹からの手紙を、姉は喜んでくれるだろうか。

「こっちもだいたい出来たし、どこかで試してみよう」

 絵が描かれた紙を見つめる。試すなら、王宮外でなければならない。ここでは、いつ誰に見つかるやもしれない。

「それならあそこね」

 ロカロスの葉を手に取り、そこに魔力を注ぎ込む。

「いざ開け。自由への扉よ!」

 光とともに、メアリの姿が消えた。




 世界の中で、ロカロスが珍しく驚いた顔をしてメアリを出迎えた。

「なんじゃ、その面白いキメ台詞は」
「格好良いかなって」
「うむ、格好良いぞ」

 ロカロスが陽気な声で賛同してくれた。

「今日は何をするのだ」
「これを試そうと思って」

 渡された紙をロカロスが覗き込む。

「これはメアリか」
「そう。これならロイン様に姿を見られずお助け出来ると思って」
「なるほど、面白い。さっそくやってくれ」
「分かったわ!」

 まず、紙に葉を通して魔力を注ぎ、それを具現化させる。葉と紙が一体化した形だ。そして、そこにメアリが手を伸ばす。一瞬のうちにメアリが黒服の魔術師へと変化した。

「おおおおお! いいぞ!」
「成功ね!」

 メアリがキメポーズを取ると、その周りをくるくる回ってロカロスが喜んだ。

「これ、これもやってくれ」
「ああ~……今読んでいる本がこれなのね」

 ロカロスの手には正義の魔術師が魔王を倒す絵本が握られていた。恥ずかしいが、ロカロスのおかげでここまで来られたのだ。少しくらいは恩返しをしなければ。

 メアリが軽く咳払いをし、絵本に描かれているポーズを取った。

「悪はこのブラッククイーンが許さない! 地獄の先で後悔なさい!」
「おおおおおおおおお~~~~ッッ」

 大きな拍手が一人の男から贈られる。勢いでやってみたはいいものの、想像以上に恥ずかしかった。恥ずか死ぬとはこのことか。

「素晴らしい! 絵本のクイーンは実在したのだ!」
「してないから!」

 照れに照れたメアリは変化を解いた。ロカロスから不満の声が上がったが、今日は別にこれで何かをするわけではない。

「お試しって言ったでしょう」
「これが早く役立つ日が来るといい」
「来ちゃだめなんだけどね」

 来るということは、非常時ということだ。それを喜んではいけない。説明しても、ロカロスはいまいち分かっていない顔をしていた。

──また遠征があれば、使う日が来るかもしれないけれど。

 それは翌日に来た。
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